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三人並んで眠る寝室から抜け出して、扉をそっと閉じる。 ニディアとシェルカは手を繋いで眠っていた。 いやぁ可愛い。癒される。 今日はあれからずーーっと一緒に遊んでたもんな。 シェルカに年上男子かー。 ほんわかでちょっとぼんやりさんなシェルカには、二ディアくらい頼り甲斐のある子が合うんだろうか。 そんな事を考えながら、俺はウキウキと紙を切る。 明日は、子ども達の大好きなお店屋さんごっこをさせてやろう。 あの二人なら、やり取り遊びも十分できそうだし、ライゴもお客さん役を喜んでやりそうだ。 ニディアならトッピングが色々選べるピザ屋さんがいいかな。 ライゴとシェルカには器に入れるだけで完成するような、うどん屋さんか蕎麦屋さんだな。こっちの麺類は何て言ってたっけなぁ……。 俺は棚に残った材料と睨み合いつつ、ああでもないこうでもない、と工作を続ける。 「ヨウヘイ、まだやっているのか? あまり根をつめていると体を壊すぞ」 不意に声をかけられて顔を上げれば、ザルイルが覗き込んでいた。 「ああ、すみません、そろそろ体を返さないとですよね……」 もうザルイルも寝る時間だ。 「いや、それは良いんだが……、何か私に手伝える事はないか?」 えっ、……えええ? いやいや、こんなダンディな人がハサミでチョキチョキとか似合わないよな。 ザルイルは俺に体を分けるついでに。と、最近家では人の姿をしている事が多い。 普段はもふもふすぎてどんな体型なのもよくわからないのだが、俺は彼の紳士的な態度に常々『紳士』を感じていたからか、人型の彼はスラリとした細身の体躯にスリーピースの品の良いスーツ姿で、なんだか英国紳士のような雰囲気を纏っていた。 元々ライゴ達より毛足の長いザルイルは、毛色と同じ濃い紫の髪が肩下までかかって、すっと通った鼻筋に切長の目、琥珀色の瞳に見つめられれば、目が逸らせなくなるほどに整った顔をしている。 まあ目の数は八つだが、元々半分は閉じている事が多いからか、そこまで違和感はなかった。 初め『洋平が私を、どんな風に見ているのか知りたい』と言って人型になったザルイルだったが、その姿を気に入ったのか、以降すっかりその姿でいる時間が長くなっていた。 ん……? いや、まさか、俺がその美貌を眼福だと讃えてしまったからじゃないよな? 俺のために、俺の目の保養のためにその格好をしてくれているんだとしたら、なんだか申し訳ないんだが……。 流石に、それを直接尋ねる度胸は、俺にはない。 「い、いや、もうすぐ終わるんで、先に休んでいてください」 俺が答えれば、ザルイルはしょんぼりと肩を落とす。 て、手伝いたかった……のか……? 「ヨウヘイ……。君にばかり、無理をさせてしまって、すまない……」 「あ、いや、これは俺が好きでやってる事なんで、気にしないでください」 慌ててバタバタと手を振って告げれば、ザルイルが端正に整った顔で苦笑する。 うーん、美しい。やっぱり美人ってやつは男女問わず目の保養だなあ。 「君のおかげで、子どもたちは毎日本当に楽しそうだ。感謝している」 ザルイルは、ライゴ達の寝ている子供部屋へチラリと視線を投げると、俺に向き直り改まった風に俺をじっと見つめて続ける。 「私は、君に会えて本当によかった……」 うっ……。やばい。そんな風に言われてしまうと、嬉し過ぎて涙腺が緩みそうだ。 「お、俺こそ。良い人に拾ってもらえて、助かりました」 何とか涙を堪えて答えると、ザルイルはやはり琥珀色の瞳を細めて、美しく微笑んだ。 *** 翌日、リリアさんは「今日には脱げると思うんだけどぉ」と言いながらリーバちゃんを俺に預けて行った。 「子どもの時期は、脱皮不全で死ぬ子が時々いるのよねぇ。よぉく見ておいてねぇ」 と何やら不穏な言葉を残して。 いや、今日脱げそうなら、今日はお仕事を休まれてはいかがですか??? 思わず喉元まで出かかった言葉を何とか飲み込んで、俺は人型になったリーバを抱き上げる。 と、後ろから俺の腕の中のリーバを覗き込むようにして、二ディアが声をかけてきた。 「脱皮か……。ボクも苦戦した事が――いや、ボクではないが、園でも苦戦する子は多いな」 ……お前も苦戦したんだな? そんな思いを顔に出さないよう気をつけながら「そうか、大変なんだな」と答えると「お前は保育士のくせにそんな事も知らないのか?」と返された。 それでも、一日目に比べれば、二ディアはその態度も表情も随分と柔らかくなっている。 ニディアを預かるのも、今日で最後だな。 今日一日、何事もなければいいんだが……。 リーバは昼までほとんど寝る事なく、ぐずぐずで過ごした。 「どうした、むずむずするのか?」 声をかければ「ぴぇぇ」と答えるように小さな泣き声が戻ってくる。 うーん。俺にはよくわからんが、脱皮ってのも大変なんだなぁ。 ぐずぐず言うものの、抱いていれば大泣きはしないリーバをあやしつつ、お店屋さんごっこの店舗を並べる。 「わぁーなになにー? 今日は何するのー?」 真っ先にやってきたのはライゴだった。 「今日はな、お店屋さんごっこだぞー」 「お店やさん?」 シェルカが首を傾げる。 「なるほど、屋台販売の真似事だな」 ニディアが納得顔で頷いている。 こっちの世界の屋台ってやつも一度見てみたいんだよな。 ザルイルも昼食に『屋台で買ってきた』と言って色々な食べ物を持ち帰ってくれるが、どうやらこの世界では、ガッツリお肉も美味しい惣菜もスープやデザートまで何でも屋台で売ってるらしい。 この家の絵本にも、度々そんな屋台が登場していた。 「お店屋さんの衣装もあるぞー」 紙製の簡易的なやつではあったが、絵本を参考に、それらしいサンバイザー風の帽子やらエプロンやらを用意しておいた。 子どもがこういう、紙とかビニールの服を嬉々として身につけてる姿って可愛いんだよな。 そういや、この世界ではまだビニールは見てないな……。 「えっ、ううん。私より、二ディアの方が似合うと、思う……よ……?」 「ここはシェルカが着たらいい、ボクは別のものにするから、大丈夫だ」 ん? なんかあったか? ライゴに紙製のエプロンを着せて振り返れば、衣装を選んでいたはずの二人が立ち尽くしている。 会話までは聞き取れなかったが、見ればシェルカのために用意しておいたお姫様ドレスの前で、シェルカとニディアが困ったような顔をしていた。 「どうしたんだ?」 俺は、険悪なムードではない事にホッとしながら声をかける。 どうやらお互い、相手のためにと譲り合っていたようだ。 「こっちにかっこいい王子様の衣装もあるぞ。ニディアはこっちにするか?」 俺の言葉に、なぜか空気が凍る。 と同時に、ニディアからじわりと不穏な気配が漂う。 えっ、な、なんだ……!? 「お前……まさかとは思うが、ボクのことを……男子だと思ってないか……?」 怒りの込められた低い声で、ニディアが問う。 グルルという唸り声が部屋中に響く。 ………………ん…………? 「ち、違う……のか?」 二ディアの後ろでシェルカが青い顔で首を振っている。その向こうでは、ライゴも同じ顔をして首を振っていた。 なんだその反応は。 もしかして、気付いてなかったのは、俺だけってやつか……? 冷たい汗が背を伝う。 ニディアは思い切り息を吸い込むと、巣が震えるほどの怒声を響かせた。 「ふざけるな! ボクは!! 女子だーーーーーーーーーっっ!!!」

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