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「え? 俺に、赤ちゃんの世話……ですか?」 それから数日経ち、シェルカの羽の腫れもすっかり引いた頃。 俺の作った夕飯を皆で食べていた席で、ザルイルは言いにくそうに切り出した。 「ああ……、どうしても、どこにも預かってもらえないらしくてな……。シッターさんも誰も捕まらないそうなんだ」 困った様子で琥珀色の目を伏せるザルイル。 彼を助けたい気持ちはあるが、それにしたって、見たこともないような異形生物の、しかも赤ちゃんの面倒なんて、荷が重過ぎる。 「でも……、俺人間以外の赤ちゃんなんて、世話した事ないからどうしたらいいか……」 俺が正直に伝えれば、ザルイルは深く頷いて答えた。 「それは向こうにも了承をもらっている。ライゴ達のようにしてもらっていいそうだ」 ……つまり、人間の赤ちゃんのような見た目になった、その子を世話すればいいんだ? それなら、まあ……。 でも俺、〇歳児のクラス持った事ないんだよな。 一歳くらいの子ならいいんだけど……。 あ。そうか、俺がそのくらいの子だとイメージしたらいいんだ? 「ええと、じゃあ、できる限り、やってみます」 俺はここで世話になってる身だし、他に行くあてもないしな。 やるだけやってみるか。 ――そう思った俺だったが、その子を見て、三歩は後ずさった。 「こっ……これが、赤ちゃん……」 ライゴの五倍くらいはあるだろうか。 手も足もない、ニョロニョロした姿。でも蛇と違って鱗のようなものは見当たらない。 つるっと言うよりぬるっとした真っ白なその体に、背筋が凍る。 そして目が……、一つ、しかない……のかな? これ。 眠っているらしく、閉じられたままの瞳。けれどそれは一つ以外見当たらなかった。 もしかして、これが原因で保育園に入れなかったのか……? 「名前は、リーバというらしい」 ザルイルが名を教えてくれる。 「リーバ……ちゃん、くん……?」 思わず口に出してしまった言葉に、その子の保護者らしき大蛇……。 いや、大蛇なんてもんじゃないな、崖というか、壁というか、とにかく大きな生き物が答えた。 「あ、女の子ですぅ」 「リーバちゃん……。お預かりしますね。今日の体調や様子はいつもと変わりありませんでしたか?」 尋ねれば、ママさんらしき巨大な生き物が、その体には似合わない至って普通の喋りでペラペラとリーバちゃんの普段の様子から好きな遊びまでがっつり語ってくれた。 う、うん……。よく寝る子らしいし、なんとかなるといいな……。 他人に預けるのは初めてと言うところにちょっと不安を感じつつも、俺はその子を受け取った。 人の姿として。 腕に収まるサイズになってくれて、ホッとする。 自分と同じくらいのサイズじゃ抱き上げられないところだった。 その辺はザルイルが調整してくれたらしい。 腕の中ですやすや眠っている赤子を名残惜しそうに眺めながら、ママさんはザルイルと去っていった。 ……ザルイルの会社の同僚とのことだったが、あの大きさの同僚がいる会社ってどんだけでかいんだよ……。 俺は、俺の想像を遥かに越えてしまった現実に、考えることを諦めた。 とにかく、今はこの子の事だな。 腕の中の赤ちゃんに視線を下ろすと、ぱち。とその目が開いた。 真っ白な体と髪に、よく映える血の色のような真っ赤な瞳。 俺がこの子は一つ目だと思ったせいか、それともこういう器官は増やせないのか、その子は赤ちゃんの姿でも一つ目のままだった。 額のあたりに目がある事に若干の違和感はあるが、それでもやっぱりちっちゃい子は可愛いな……。 泣く事なく、あたりをキョロキョロと見回している子を、ライゴとシェルカが覗き込む。 二人は、保育しやすいようにと人型をしていたが、今日の俺は、この子のおかげでライゴやシェルカの倍以上のサイズがあった。 二人に見えるように、と少ししゃがむ。 途端に、リーバちゃんが泣き出した。 「おっと」 抱き上げてゆらゆら揺らしながら様子を見る。 シェルカは急な鳴き声にびっくりしたのか、人型になっても残っている獣型のふわふわの耳をぴょこんと引っ込めた。 そんな仕草もまた可愛い。 シェルカは今日、ピンクベースのふんわりしたワンピースを着ている。 ライゴは園児服でイメージが固定されてしまったのかいつも変わらない姿だが、シェルカは変化の度に俺がこんな服だと可愛いだろうなぁと思った通りの姿で現れるので、毎日少しずつ髪形や服が違っていた。

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