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歌が聞こえる……。 幼い声が、それでも丁寧に、旋律を奏でている。 ああ、いいな。 子どもの歌声は……。 重い瞼をなんとか開けば、ライゴの声がした。 「あっ、ヨーへーが起きたよっ!」 なんだ……。まだ俺は、元の世界じゃなく、こっちにいるんだな……。 ぼんやりした頭がじわりと覚醒してくる。 っ、そうだ! リーバちゃん!! ガバっと体を起こせば、全身が痛んだ。 「――っっっ、て、ぇ……っっ」 息を詰める俺に、ザルイルの声が優しく降り注ぐ。 「ヨウヘイ、まだ休んでいてくれ。話はライゴとシェルカから聞いた。シェルカを守ってくれてありがとう……」 いや、元はと言えば、俺の不用意な発言のせいで……。 しかし、俺の掠れた喉からは、ろくに声が出ない。 「リーバちゃん……は……」 なんとかそれだけを尋ねると、ザルイルが視線で答える。 視線をたどった先には、シェルカの膝の上ですやすやと眠るリーバちゃんがいた。 ……よかったぁ……。 そっか。シェルカが俺の代わりにリーバちゃんに歌を歌ってくれてたのか。 「シェルカとライゴに、怪我はありませんでしたか?」 掠れる声で必死で尋ねれば、ザルイルは俺をまっすぐ見て頷いた。 「ああ。ヨウヘイのおかげだ」 ホッとして布団に背を戻す。と、背中が痛い。ものすごく痛い。 声にならない叫びをあげてもんどりを打っていると、めちゃくちゃ大きな何かの気配が近づいた。 これはあれだ。リーバちゃんのママだな。 「リリア、よかった、来てくれて」 言うなり飛び立つザルイルの言葉に、リーバちゃんのママさんの名前を初めて知る。 「そりゃ来るわよー。子ども預けてるんだからぁ」 「ヨウヘイの怪我を治してやってくれ」 リリアさんの言葉にかぶせるようにして、ザルイルが言う。 「あらあら、あなたにしては焦ってるのね? 珍しいじゃない」 からかうように言われても、ザルイルは真剣な様子を崩す事なく答えた。 「ヨウヘイがどの程度で死ぬのか分からない」 なるほど……。俺からは落ち着いてるように見えていたけれど、ザルイルは俺がいつ死ぬかとヒヤヒヤしてたのか。 「ヨーへー死んじゃうのっ!?」 ライゴが悲痛な声で聞き返す。 「――っ!」 シェルカも息を呑んで顔色を変える。 途端に、寝ていたはずのリーバちゃんまでがふにゃふにゃとぐずりだす。 「死なないわよぅ。私がすぐ直してあげるからねぇ」 リリアさんが不安げな皆を宥めるように苦笑した。 何か細長いものが、遥か上空から俺の真上に垂れ下がってくる。 そこからぼとりと降ってきた大きな水滴が俺の全身を一瞬で包んだ。 ぅえっ!? 息が……っ!? 「息はできるわよー」 水の膜越しにリリアさんの声が聞こえて、俺は恐る恐る息を吸う。 ……ほんとだ。 むしろ息を吸った途端、その水が喉を通った瞬間に、喉の痛みがぴたりと止まった。 ことの次第を聞いたリリアさんは 「あらぁ、じゃあ皆、うちのリーバのために頑張ってくれたのぉ?」 といたく感動して、俺を治してくれた水を樽いっぱいに置いていってくれた。 ……まあ、リーバちゃんのためと言えば、そう言えなくもない……か……? 喉が痛くなったら、これをコップに汲んで飲めばすぐ治るとのことだった。 俺の身体中の怪我も、今はすっかり治っている。 うーん。異世界すごいな。 ザルイルは、俺の全身の怪我が、背中の怪我以外は結界を破った時のものだと知って、ひどく反省していた。 「これからは、ライゴやシェルカと同じように自由に出入りができるようにしておく」とも言ってくれた。 ……でも、外にあんな凶悪な生き物がうじゃうじゃいるとしたら、あんま外には出たくないな……。 今日は二人とも頑張ってくれたからか、ライゴもシェルカも夜は早くに寝付いてくれた。 寝かしつけから戻って食器を洗っていると、台所へザルイルがやってくる。 ……いや、ザルイルさん。俺の後ろでずっと黙ってるんだが、なんだろうなぁ……。 やっぱり、今日のことでお叱りがあるんだろうか。 じわりと嫌な汗を浮かべてザルイルの言葉を待っていると、ザルイルが重い口をようやく開いた。 「……ヨウヘイが、良き者だというのは分かっている……。私が頼めば、嫌だと言えない立場である事も、分かっている……。それなのに、頼み事をしようという私は、卑怯者だろうか……」 な、なんだなんだ!? 俺は、思ってたのと全然違う方向に思い詰めているらしいザルイルを、怪訝に振り返った。

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