作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 あれから、思っていたよりもすんなり事が運ばれていった。  実はあの女神とのやりとりはただの、直前に異世界転生ものラノベの新刊を買ったことが影響した夢なんじゃあないか、とさえ思っている。  病室で目を覚ましたオレは、看護師さんが目をまん丸にして声を出して驚いた様子をまず最初に目撃した。  どうやら奇跡の回復と謳われており、医者ももうだめだろうという雰囲気だったそうな。勝手に殺すな。まあ死んでたんだけど。  身体に後遺症があるわけでもなく、すんなりと立ち上がれたし、歩けた。  医者は「あり得ない……」と連呼するばかりで、診察という診察も受けなかった。  ちなみにオレの両親は海外で仕事をしているのだけれど、オレの危篤を聞きつけて全ての仕事をキャンセルして駆けつけてくれ、ああ、家族っていいなと思わせておいたのも束の間。  オレが目を覚まして、しかもずいぶん元気と分かるとすぐにもろもろの手続きや支払いを先行して行い、また海外へと飛び立っていった。  もうちょっと面倒見てくれてもいいのに。  これでオレは以前同様、二階建て一軒家に一人暮らしをするちょっと変わった家庭環境の男子高校生へと戻ったのだった。  季節は残暑というにはあまりにも暑すぎる9月の初頭。  オレが休んでいる間に学校ではとっくに二学期が始まっていて、みんなよりちょっと長めに夏休みをとっていたオレの始業式が今日ようやく訪れるのであった。  ま、とは言っても、クラスでトップクラスに地味なオレがちょっと休んでたくらいじゃあそんな天地がひっくり返るようにまでクラスの雰囲気も変わっていないだろう……。  ガラガラガラっ…… 「おおおお!!! 上柳だ!!!!!」 「上柳くん!!!! 退院おめでとう!!!!!」 「まってたぞ上柳!!!!!!!」 「元気そうでほんとよかった上柳!!!!!!」  え?  いつものように教室のドアを開けて、いつものように窓際最高峰のオレの席へと静かにむかう予定だった。  が。 「コタくん! 本当によかったでありますっ! クラスのみんなもコタくんを本当に心配してくれていたでありますよ! これを見るであります!!!」  丸メガネの奥に涙を蓄えながら、ジミーちゃんが指差す先には黒板が。  そこには 『上柳琥太郎 退院おめでとう!!!! クラス一同』  と、カラフルにチョークで描かれていた。  上柳琥太郎とはオレのことだ。退院おめでとう……おめでとう?  クラスのみんなが心配してくれていた? こんなオレのことを?  地味で、オタクで、勉強もスポーツもそんなにできないオレを?  クラス1のやんちゃなやつが肩を組んできた。 「無事で本当によかったよ! しかも女助けたんだってな! お前はヒーローだ!!」  彼のその発言によって教室がより一層湧く。  どうやら、天地がひっくり返っていたようだ。 「上柳くんっ!」  クラスメイトの歓声に割って入ってきたのは、担任の鬼堀先生。  二十代後半(本人希望で詳細不明)だが見た目が非常に幼く、一部の生徒からは「鬼ロリ」と非公式に呼ばれている。  そんな鬼ロリ、もとい鬼堀先生が教室の入り口に立っていた。 「先生……」 「無事でよがっだぁああああ」  クラスの誰よりも涙を爆発させて、オレに抱きついてきた。  見た目ににつかわないくらいの豊満な何かの感触に惑わされながらも、オレは冷静にこの状況を理解しようと勤めたのだった。 ◇◇◇  騒ぎもおちついて、これまで通り普通の学校生活が訪れようとしていたが、それでもこれまでとは違う要素がいくつもある。  やはりまず学校でのオレの立場だ。  これまでスクールカースト最下位クラスだったオレが、どうも中の上くらいになっている気がするのだ。  クラスの陽キャからも普通に話しかけられるようになったし、女子ともこれまで以上な交流が持てている。  まあこれまでが異常なまでに交流がなかっただけなのだろうけど。  あくまでオレが事故から生き返ってきて初登校という、今日この日だけの盛り上がりであれと願ってはいるけれど、なんとなく今後もこんな感じの扱いで進んでいくんじゃないかなと思っていた。  あとついでにジミーちゃんの立場もかなり上がっており、どうやら彼はオレが濁流に流された後、視認できるギリギリまで岸から追いかけつつ、また消防と警察に通報もしてくれ、さらにクラスのみんなへ涙ながらにことの顛末を詳細に語ったらしい。  こうなった原因そのものであるのだけれど、毎日お見舞いもきてくれていたし、憎めないというかむしろ感謝である。 「なんでありますか、コタくん。僕の顔に見惚れてもなにも芽生えないでありますよ」 「ちげーよ」  昼休み、これまでと同じようにジミーちゃんとご飯を食べていた。 「ところで見惚れてるといえば、さっきから……」  ジミーちゃんが声を潜めて教室の入り口の方を指す。 「あ、あの子……」 「隣のクラスの朝野原雲雀であります。学校ではヒバリ様なんて裏で呼ばれてるくらいのお金持ちのお嬢様であります」  どこかで見覚えが……。 「あの日、コタくんが助けた女でありますよ」 「あっ……」  あの時、彼女は制服じゃなかったし、雨でびしょ濡れだったけど、確かに言われてみればそうだ。  間違いない、あの日、なぜか自分から川に飲まれようとしていた彼女だ。  教室の入り口でずっとこちらの様子を伺っている。  するとクラスメイトの女子から突然話しかけられた。 「ねえ、上柳くん」 「な、な、なに?」  クラスメイトとの会話は慣れない。 「隣のクラスの朝野原さん、上柳くんに用があるみたいよ。教室の外で待ってる」 「あ、そ、そうなの? ありがとう、どうも」  するとクラスメイトが悪戯に微笑む。 「告白とかだったら教えてねっ」 「えっ! なっ! ちょっと!!!」  ふふふっと笑いながら彼女は自分の席へと戻っていった。  視線を教室の外にいる朝野原雲雀へと戻す。  何とも形容し難い表情でこちらを見ている。 「ちなみに助けた女子が朝野原さんであることは学校の誰にも言ってないであります。ま、大方助けてくれたお礼を言いにきたとかでありますな! コタくんがいくら命の恩人とはいえ、人から告白されるような人間とは思えませんからな!」 「それはひどくね?」 「ふっ、ただの嫉妬でありますよ」  オレは席を立って朝野原雲雀の本へとむかった。  彼女は黙ってこちらを見ている。じっと、オレの目から視線を外そうとしない。なにか言いたい事がある、そんな顔だ。 「教室前だと、いろいろ面倒でしょ、朝野原さんも」  すると彼女は黙って振り返り廊下を歩いていった。  ついてこい、ということだろうか。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません