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「それでは異世界転生をキャンセル待ちで受付いたしました! こちらはキャンセル待ちです、ご転生は確定しておりませんのでご注意くださいませ!」  それは満面の笑みで。  それは溌剌とした声で。  それはそれは文字に起こしてみれなとても事務的なセリフだった。  真っ暗な空間で唯一光を放つ存在であった彼女は、まだ成長しきっていないまるで中学生のような風貌だった。  あいにくオレにそういう趣味はないのだけれも、それでも微妙に目のやり場に困るようなその衣服に、滑らかそうな羽衣、ティアラのような髪飾りというヴィジュアルはいうなれば「女神様」のようだった。  好きだったアニメやラノベにも出てきたよな、こういうキャラクター。  なんて思いながらオレは彼女の前で正座をしながら、この「キャンセル待ち受付」の報告を聞いたのだった。 ◇◇◇  その日は豪雨だった。  夏の雨はなんというか質量が重く感じる。  友人のジミーちゃんこと自見蔵雄と二人でいつものようにアニメショップへ行った帰りの出来事だった。 「いやあそれにしても、このラノベの新刊のイラストは最高でありますな!」  この変な口調の丸メガネがジミーちゃんだ。 「そうだな! 6巻にしてついにオレの推しキャラがメインの話もあるし、たまんねえぜ!」  傘を差しながら、だらだらと河川敷を歩いていた。 「それにしても昨日からの雨は一向に収まりませんな……」 「それな。川もほら、増水して……って、あれ?」  濁った水が、いつもなら子供たちが遊ぶような河原まで侵食してきていて、激しく流れていた。  その脇に、一人の女の子が傘もささずに立っているのが目に入ったのだった。 「む? あの女性はあんなところで何を? 危ないでありますぞ……って、コタくん!?」  オレは何も考えることなく、傘を放り投げて彼女の元へと駆け寄った。  あろうことか彼女は一歩、また一歩と激しい川の流れに向かって足を進めていたのだった。  死のうとしている。  世の中は毎日誰かが死んで、誰かが産まれて、そうやって巡っている。  ぶっちゃけ、知ったこっちゃない。  もちろん身内や近しい人が死ぬのは悲しいし、親戚に子供が産まれるのは嬉しいが、そんなのは稀で、だいたいは世界の誰かわからない人の命の出来事で、他人事である。  いま、目の前で濁流に足をつけようとしている少女だって見ず知らず、だ。  同じこの街に住んでいるのかもしれない、年頃も近そうにみえるけれども、赤の他人。  だけれども、目の前でその命を絶やそうとしているのを見せられて黙っていられるほどオレも非道ではなかった。 「危ないからっ!」  同世代の女性の腕を掴むのは幼稚園以来だった。 「な、なにするの!?」  彼女は激しく抵抗する。 「この濁流に飲まれたら死ぬぞ! だからっ……」  そこからは全てがスローモーションになった。  足を滑らせたんだ、と理解できたのはすぐだった。  分厚くどす黒い雲が空を覆っていて、目に見えるくらいの大きな粒が降ってきている。  オレは彼女まで巻き込むわけにはいかないと、掴んだ腕を離す。  その表情には驚きと、衝撃が浮かんでいる。そういえば、どこかで見たことある顔だった。  なんだ、まったくの見ず知らずの人じゃあなかったのかもしれないじゃないか。  遠くの方でジミーちゃんの姿も見えた。何かを叫んでいる。  耳をすまそうとしたけれども、ボクの聴覚、いや、視覚もすべて濁流に侵食されてしまったようだ。 ◇◇◇  気付いたら何もない、真っ暗な空間にひとり横たわっていた。  なんとなく居心地が悪かったので、ゆっくり起き上がって正座してあたりを見回してみる。  が、何も見えない。  体の感覚はなんとなく残っている。びしょ濡れになったはずの髪や服は、最初っからあんなことなんてなかったかのように乾ききっている。 「これがもしかして死後の世界?」  ぼそっと呟いた。 「そうでーーーす!!!」  まさか答えが返ってくるとは思いもしなかったので、心臓が飛び上がった気がした。  心拍数があがったので、どうやらオレはまだ死んではいないのか?  まもなく、声の主が眩しいくらいの光とともにオレの目の前に降臨してきた。 「えーっと、上柳琥太郎、通称コタ。高校二年生で、帰宅部。バイトなし彼女なし童貞。死因は溺死……。おっと、女の子を庇って死んだんだねキミ。やるじゃん」  妙に上から目線なその声の主は、どう見てもオレより年下のガキだった。  しかしその見た目はまるで。 「女神、か?」 「物分かりが早いねえキミ。ま、そんな感じの存在だね、私は」  ということは、ここは死後の世界、というか死後の世界への入り口的なところだろう。  ここでオレの魂の今後を審判するという感じだな。 「なんかずいぶんこの先の展開を知ってるかのような……、というかなにか私に期待してない?」  期待している。 「このあとオレはどうなるんだ」 「そうだねえ、まあ、悪い人じゃなさそうだし地獄はないけど、うーんと……」  オレはあの言葉がガキ女神の口から出るのを正座して待っていた。 「異世界転生……」 「そ・れ・だっ!!!!」 「へ? え?」 「その言葉を待ってたぜ女神さん! 異世界転生! やってやろうじゃねえか! 勇者? 最強能力? はたまたハーレム? どんとこい! やってやるぜ!!!」  異世界転生とは。死後、この世界とは別のファンタジー的な世界へその魂を転生させ、新たに得た能力で一旗あげるという夢にまで見た展開だった。 「えーっと、その、異世界転生を希望するってこと?」  なぜか少し引き気味で女神が答える。  女子からドン引きされるのなんて慣れっこだ。それに女神とは一期一会で二度と会うこともないだろう。旅の恥はかき捨てってやつだ。 「わかった……。すごい気合いね……。えー、じゃあ、コホン」  息を整えるガキ女神。そして……。 「それでは異世界転生をキャンセル待ちで受付いたしました! こちらはキャンセル待ちですので、ご転生は確定しておりませんのでご注意くださいませ!」 ん?

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