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 結婚式のあとの晩餐会が終わった。  今から新婚夫婦にとって大切な時間がはじまるのだと思うと、ソフィアは落ち着かなかった。  あまりに落ち着かないので、独り言で誤魔化していた。 「だ、大丈夫よね。念入りに湯あみをしたし。エステだってしてもらったし」  今日のために特別に用意したというアロマを使い、肌に磨きをかけた。  おかげで自分の肌とは思えないくらいすべすべになっている。  ソフィアは、今日自分が嫁ぐことになるとは思っていなかった。  自分が嫁ぐとわかっていたら、事前に身体の調子を整えておいたのにと思うが、そこはもう考えてもどうにもならない。  ソフィアは大きく頭を振って、悪い考えを追い出そうとする。 「うわ、髪からもすっごい良い匂いがするわ!」  頭を勢いよく振ったので髪が揺れる。その髪からかぐわしいアロマの香りが漂ってくる。 「このネグリジェなんてなにも着ていないみたいに柔らかいし、さすが辺境伯家ね。……少し私にはサイズが合わないけど」  これまでの人生で見たこともないデザインのネグリジェを身に纏ったソフィアは、ずり落ちた肩紐をなおす。  姉の為に用意されたネグリジェに袖を通している。ところどころサイズが合わず不格好に見える気がしないでもないが、やはり考えてもしかたがない。 「ちょっとぐらいはだけていた方が色っぽいですよ、なんて着せてくれた使用人は言っていたけど。表情が強張っていたのよね」  まさか、姉妹でここまでサイズが違うとは思ってもいなかったのかもしれない。  ソフィアは胸元に手を当てて深呼吸をした。 「ま、私の結婚のときにここまでしてもらえたかわからないしね。きっとこれでよかったのかもしれないわ。そう思いましょう!」  ソフィアは広い寝室にある大きなベッド、その隅に遠慮がちにちょこんと腰かけてイーサンを待った。  やってきたイーサンはしっかりと軍服を身に纏っていた。 「……仕事が入った」 「………………………………………………………………………………意味がわかりません。もう一度おっしゃっていただけますか?」  ソフィアはたっぷりと考えてから言葉を発した。 「……だから、仕事が入ったのだ」 「それは新婚初夜の日にしなければならない仕事ですか?」 「…………………」 「失礼ながら、辺境伯家の嫡男となれば子作りも立派な仕事です。そのために私が嫁いできたのですよ?」 「…………………」  何か言えよ、とはさすがに口にできなかった。  ソフィアも黙ってしまうと、イーサンは申し訳なさそうな顔をして寝室から出て行こうとする。 「ちょ、ちょっとお待ちください!」  ソフィアは慌てて立ち上がると、イーサンの元へ駆け寄った。 「本当に出て行くおつもりですか? 本気で? こんな格好までした私を置いていくのですか?」  新婚初夜だ。  時間はなかったが、完璧に準備を整えたつもりだ。  そんな女を前にしてなにもせずに部屋を出て行くというのか。 「………………………………………………………悪い」  苦々しい顔をしてイーサンはソフィアから視線をそらした。  ぼそりと謝罪の言葉を口にすると、そのまま部屋を出て行った。  パタンと音がして扉が閉まる。  ソフィアはしばらくの間、動くことができなかった。 「はああああああああああああ!? ちょっと待って、いくらなんでもありえなくない?」

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