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「こちら当劇場の看板女優で、アニタと申します」  支配人にそう言われてお辞儀をしたのは、ポスターに描かれていた姉に似た女優だった。 「――うわああああ! ど、どうしましょう。本物だわ」  華やかな舞台の上で誰よりも輝いていた女優が目の前にいる。  ソフィアは気持ちが高ぶって、言葉を捲し立ててしまう。   「とっても素敵な舞台でした! もうすっごく綺麗だし、演技は素晴しいし! あなたが涙していたシーン、私も一緒に泣いてしまいました。もうすっごくすごく感動して」  ソフィアが早口で話していると、ルイースが肩をゆすってきた。 「ソフィア様、落ち着いて下さいませ。支配人様もアニタ様も引いています。それはもうドン引きです!」 「あらやだ私ったら、つい興奮してしまったわ。だってあまりにも素晴らしい舞台だったから感動してしまって……」  ソフィアは恥ずかしくなって顔を赤くした。それを隠すように両頬をおさえると、アニタが笑い出した。 「あはははははは! どんな奥さまがいらっしゃったのかと思ったら、こんなにもお可愛らしい方だったなんて」  アニタは口を大きく開けて豪快に笑う。彼女は姉と顔は似ているが、仕草は全く似ていないようだ。  姉は淑女を絵に描いたような人物なので、大口を開けて笑ったりしない。二人の顔はそっくりだが、うける印象は全く違うとソフィアは驚いてしまった。 「実はわたくし、奥さまがいらっしゃったと聞いて戦々恐々としておりましたのよ」  アニタは笑いすぎて出てきた涙を拭いながら、ソフィアの顔をじっと覗き込んでくる。 「あら、どうしてですの?」 「旦那の昔の女に釘を刺しにきたと思っていたのですよ」  意地悪く笑いながら、アニタが片目を閉じた。 「ああ、そういうことですのね。あまりに素晴らしい舞台だったので、本来の目的を忘れるところでしたわ」  ソフィアの言葉を聞いていた支配人の顔が曇った。ソフィアの隣ではルイースが大きく溜め息をつく。 「まあ、ではやはりわたくしを牽制しにいらっしゃったのですか?」 「そういうことをおっしゃるのですから、あなたは旦那さまと肉体関係があったのですね!」  ソフィアがはっきりとそう口にすると、アニタが再び豪快に笑う。彼女の隣に立つ支配人が、気の毒なくらいに顔を真っ青にしていた。 「本当にお可愛らしくておもしろい方ねえ。ええ、ございましたよ」 「では、やはり旦那さまはあなたのような方がお好みなのですね!」  ソフィアはアニタの顔を覗き返した。    ――アニタさんはお姉さまと性格は全く違うようだわ。それでも関係を持ったのだから、旦那さまは面食いってことね!  ソフィアはアニタの顔をまじまじと見つめながら、そう結論づけた。 「私がアニタさんに近づくためには、どうしたらよいでしょうか?」  このソフィアの問いかけに、笑っていたアニタの顔が困惑する。 「んん? それはいったいどういうことなのでしょう。奥さまのおっしゃりたいことがよくわかりませんわ」 「旦那さまは私のことを抱いてくださらないのです。ですが、私は辺境伯家に嫁いだ身。旦那さまの子を成すのが私の仕事です」  ソフィアが真面目に語ると、アニタは呆気に取られた顔をして固まってしまう。彼女はしばらく考え込んだ後に、ゆっくりと話し出した。 「……そういえば噂話を聞いた気がするわ。あの方は本来あなたのお姉さまと結婚するはずだったのですよね?」 「はい。私の姉とあなたはお顔がとてもよく似ています。旦那さまはあなたのようなお顔の方がお好きなのだと思いますわ」  アニタはソフィアの言葉を聞いてふっと笑った。 「……ああ、そういうことなの。へえ、納得したわ」  アニタが不服そうな顔をして呟いた。ソフィアはそれを不思議に思いながら、彼女に頭を下げた。 「私はあなたのようになりたいのです。顔を変えるのは無理ですけれど、せめてメイクの仕方とか……。あなたの雰囲気に近づけるように、なんでもいいので教えてください!」  勢いよく頭をさげたソフィアに、支配人がうろたえながら顔をあげるように言う。  ソフィアがアニタの様子をうかがいながら身体を起こすと、支配人が呆れた顔をして声をかけてきた。 「僭越ながら奥さま。そのようなことをなさっても、あまり意味はないかと……」  支配人が話し出すと、アニタがそれを遮った。 「この奥さまにはいくら言い聞かせたってわからないわよ。実際にやってみて実感しないと、ね?」  そう言ってアニタはソフィアの肩に手を置いた。 「わたくしの楽屋にいらっしゃい。わたくしと同じメイクをして差し上げますわ」

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