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 別宅は湖のほとりにあった。 「この時期は湖の周囲に花が咲くのだ。良い眺めだろう?」 「わあ、とても綺麗です。連れてきてくださってありがとうございます!」  別宅の二階のテラスから眺める景色は美しかった。  湖面に太陽の光が反射してきらきらと輝き、その周囲に色とりどりの花が咲き乱れている。 「君もこれからは息抜きをしたいときに来るといい。こちらの屋敷にも常に人はいるからいつでも歓迎される」 「……ああ、つまり私を避けていた時はこちらに逃げ込んでいたのですねえ」  ソフィアが乾いた笑いを浮かべると、途端にイーサンが慌てだす。 「そ、それはもういいじゃないか。今は避けていないだろう?」 「これだけ美しい景色ですもの。きっと女性を連れ込んでいらしたのでしょうねえ」 「も、もうここはいいな。ほら、次の場所を案内するから」  イーサンはソフィアの腰に手を回し、強引にその場から移動させる。  次に連れてこられたのは温室だった。   「わあ、すごい広い! とっても素敵ですわね」  あまりに立派なつくりの温室に、ソフィアは興奮していた。  広さにも驚いたが、先ほど二階のテラスから見た景色に負けないくらいの色とりどりの花が咲き乱れ、まるで異国に来たのかと思うほど緑であふれている。 「私の亡くなった母は身体が弱くてな。騒がしい本宅ではなく、こちらの別宅で過ごすことが多かったのだ」  イーサンは話をしながら温室の中にあるベンチに腰掛けた。  はしゃぐソフィアにも座るように勧めてくる。 「あまり外に出ることができない母のために、この屋敷の中で少しでも心穏やかに過ごせるようにと、父がこの温室を作らせたのだ」 「では、この温室はお父さまからお母さまへの愛の証なのですね」  ソフィアはイーサンの隣に座って温室の天井を見上げた。  半球形の高い天井、きっと先代の辺境伯は心の広い優しい人だったのだろうなと思った。 「そうだ。だからな、この別宅に女性を招いたことはない。連れてきたのは君が初めてだ」  イーサンが真面目な様子で語るので、ソフィアは天井ではなくイーサンを見上げた。 「申し訳ございません。先ほどは失礼なことを申し上げましたわ」 「……謝ることはない。私の行動が招いた結果なのだからな」 「素敵な思い出の場所にご案内していただいてありがとうございます。私、ここが気に入りましたわ」  ソフィアは勢いよく立ち上がると、温室の中をさらに奥へと進もうとする。  すると、イーサンが慌ててソフィアのあとを追いかけてきて腕を掴んだ。 「どうかなさいましたか?」 「あ、いや。そっちは、まだ……」 「…………………………………まだ?」  イーサンの目が泳いでいる。  こういう時は何かうじうじと悩んでいる時だ。いい加減に彼のこういったところがわかるようになってしまった。 「まだ、なんですか? なにか隠しているのですか⁉」 「あ、いや。隠しているわけではなくて……」 「隠しているわけではないのなら、よろしいですわね⁉」  ソフィアはイーサンの腕を振り払って先へと進んだ。

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