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 翌日、ソフィアはルイースを伴って街中を歩いていた。 「ねえねえ、帰りましょうよー。絶対にエラさんに怒られますってえ……」 「私が無理を言ったと報告すれば、あなたは大丈夫よ。だって、旦那さまがどんな女に手をだしたのか気になるじゃないの」  ソフィアは、辺境伯家の領地内にある最も大きな劇場に向かっていた。  エラが使用人たちに口止めをしてしまったので、イーサンと関係があった女優が誰かは教えてもらえなかった。  しかし、イーサンはこの土地では最も立場のある人間だ。その彼が手を出すのだから小劇場の女優や旅芸人などではない。きっと領内でも大手の劇団に属する女優なのではないか。  ソフィアはそう当たりをつけて、領内でも一番格式の高い劇場にやって来た。 「絶対にこの女優さんね」  劇場前に貼られているポスターを見て、ソフィアはすぐに気が付いた。 「うわあ、姉上さまにそっくり!」 「これはさすがに、お姉さまご本人じゃないわよね?」  ルイースがポスターを見て驚きながら声をあげた。描かれている女優の姿が姉と瓜二つだったのだ。 「さすがに姉上さまではないでしょうが、これはそう思ってしまいますねえ」 「本当にそうよね。しっかし、旦那さまのお好みってこんなにわかりやすかったのね」  ソフィアはポスターを見て感心しながらチケット売り場に向かった。  なんと、本日のチケットは完売していた。立ち見ならなんとかと言われてしまう。 「……うへえ、立ち見はさすがに疲れますよー。今日は諦めて帰りましょうよー」 「――いいえ! たとえ足が棒になってしまっても、この女優さんの姿を実際に見るまでは帰れないわ」  来てしまった以上はなにも見ずに帰るのは嫌だと思った。  ソフィアはさっさと立ち見席のチケットを買い、文句を言うルイースを強引に劇場内へ押し込んだ。  華やかな舞台に目を奪われた。  時間はあっという間に過ぎ、立ち見の疲れを感じる暇などなかった。 「素敵! とっても素敵だったわ」 「奥さまにそう言っていただけて感激でございます」  幕の降りた後、ソフィアが夢中で拍手をしていると誰かに声をかけられた。  声のする方角へ視線をむけると、身なりの良い中年の男性が立っていた。 「私は当劇場の支配人でございます。もっと早くご連絡をいただければ、奥さまに立ち見などさせず、辺境伯家の専用席にご案内いたしましたのに」  支配人がそう言いながら、カーテンの閉まった二階のテラス席に視線を向ける。  ソフィアは、辺境伯家領内の劇場なのだから専用席くらいあるなと今頃になって気が付いた。 「いいのいいの、急に来た私が悪いのだから気にしないでちょうだい。それよりも、どうして私が辺境伯家の人間だとお気づきに?」 「さきほど辺境伯家の使いの方がいらっしゃいましたよ。もしかしたら奥さまが観劇にいらしているかもしれないと……」  エラさんですね、とルイースがぼそりと呟いた。  これは帰ったら盛大に怒られると、ソフィアはその場で天を仰いだ。 「せっかくいらしてくださったのですから、お茶でもいかがですか? 実はもうお席をご用意しております」 「……まあ、よろしいのかしら。それではお言葉に甘えて」  ソフィアが案内をしてくれる支配人のあとに続くと、ルイースに服の裾を掴まれた。 「ちょっとソフィアさま! エラさんにここへ来ていることがばれているのですから、早く帰った方がいいですよ」 「どうせもうばれているのだから、いっそのことゆっくりしていきましょうよ」  女優さんに会えるかもしれないし、とソフィアが言うと、今度はルイースが天を仰いでしまった。

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