できすぎ後輩とのびのび先輩の百合物語
できすぎ後輩とのびのび先輩の百合物語

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<1> 「草稿できました。ご確認ください」  蒸し暑い六月半ば、生徒会室で役員が各自の仕事をする中、ノートPCの画面を皆の側に向けた。  画面には、昨夜制作した生徒会誌の草稿が映っている。  私は木杉英美きすぎ・えみ。○×高校・生徒会執行部の書記。この学校では、書記と広報は兼務なので私が会誌作成などもやっている。髪型はローポジション・ツインテール。  学年は一年だが、中間試験で全教科満点で学年トップを飾ったからか、生徒会長である湊静華みなと・しずかさんに熱烈にプッシュされて選挙に立候補、書記に選ばれた。昔からこんな感じだった私に付けられた小学校時代のあだ名が、名字をもじった「できすぎちゃん」。 「う~ん、内容カタいなー。すごい事務的っていうか……。もっとこうさ、楽しい感じにできない? たとえば、クロスワードパズル付けてみるとか。可愛いくまちゃんのイラストつけるとかもいいね!」  草稿を一読した会長からダメ出しされてしまった。湊さんはロングヘアが似合う、プロポーション抜群の美人。ただ、どうにも性格がちゃらんぽらんで困る。執行部で一緒に活動するまでは、こういう人だとは思っていなかったのに。私には、どうしてこの人が会長に選ばれたのかわからない。 「学業にお遊びは必要ないです。なんですか、クロスワードだのくまちゃんだのって……。そんな生徒会誌聞いたことないですよ。副会長からも何か言ってください」  ため息とともに会長の意見を退ける。男性の副会長は、やや困ったそぶりで肩をすくめた。 「木杉ちゃんさあ、もっとこう柔軟にいこうよ。レッツ・エンジョイ、スクールライフ!」  ウィンクしながらサムズアップする湊さんにため息を吐きながら、再び画面を自分に向ける。面白みがない、融通が利かない、堅物。それが幼少時から私が受けてきた人物評。でも、そんなこと言われてもこれが私なのだから仕方ない。私から見れば、他の人たちはいい加減で適当。相手の印象など、結局相対的なものではないかと思うのだ。  ともかくも会誌はもっと柔らかい印象にリライトすることに決まり、私たちは手分けして各部を回って希望予算記入のための書類を配ることになった。  ◆ ◆ ◆ 「では、月末までに記入して申請してください」  最後に回ることになった園芸部の部室で部長さんに書類を手渡し、一礼して退出する。  部室そばの畑では花や野菜を色々育てている。その光景を眺めながら歩いていたら、突如畑から立ち上がった人影と衝突してしまった! 「すみません、ついよそ見をしてしまって……」 「あたた、ごめんね~。アタシも人が通ってるの気付かなくて」  尻もち状態から起き上がり謝罪をすると、相手も立ち上がり謝罪してくる。  相手は女生徒だった。非常に背が高く、多分百七十センチ以上ある。髪はツーサイドアップのロングで、学校指定の体操着に「3-B 日野陽乃子」と名札が縫い付けられていた。にこやかな表情が、なんだか身長の次に印象的。 「あの、三年生がこの時期に土いじりなんかしてて、受験大丈夫なんですか?」  言ってしまってから、余計な一言だったと後悔する。  一言多い、それができすぎと堅物以外に頂戴した私の評価。こちらは堅物と違って、さすがに悪癖の自覚があって直したいと思っているが、つい口を吐いてポロっと出てしまう。 「あ~、アタシどーにもそういう危機感が薄くってー。追試明けで、気分転換したかったし」  三年で追試が必要なレベルってまずいのでは? いや、さすがにこれは口に出すのをぐっとこらえたけれど。 「植物はいいよ~。手間かけて育てたら、きちんとそれに応えてくれるから。今ね、サツマイモ頑張って育ててるんだ~。あと他にはね」 「あ、すみません。まだ仕事の続きがあるので、またの機会にでも。失礼します」  本当はもうあとは帰るだけで仕事なんてなかったが、長話になりそうだったので一礼して話を切り上げる。少し残念そうな顔をしていたが、「そっか、じゃあまた今度ね」と言って、彼女は土いじりの作業に戻った。今度がいつになるのか、あるいはまたその機会が訪れるのかはわからないけれど。  何だかちょっと変わった人だな、とこのときはぼんやり思うだけだった。 <2> 「あー、あのときの! あれから元気してた~?」  あれから数日後、しとしと雨が降る下校時刻に校門でひょんな人に声をかけられた。あの、のっぽの日野先輩だ。デフォルメされたカエルがプリントされた、子供っぽい柄の傘が妙に目立つ。私はといえば、実用性一点張りの透明ビニール傘。 「はい、それなりに。あのときはどうも失礼しました。こんにちは」  互いに会釈して挨拶を交わし、微妙な空気を漂わせながら同じ方向に歩いていく。 「あの、お家こちらなんですか?」  十分は経っただろうか。どうにも間が持たないので、無難な質問をぶつけてみる。 「うん。そういえば自己紹介がまだだったねー。アタシは日野陽乃子ひの・ひのこ、三年生。よろしくねー」 「駄洒落みたいな名前ですね」  ああ、また余計なことを言ってしまった。しかし、当の先輩は「よく言われる~」と、からからと笑っている。名札を見たとき名字の読みがなは推測がついたけど、下の名前も「ひのこ」なんだ。 「木杉英美です。生徒会執行部で書記をしています」  我ながらそっけない自己紹介だな、と心の中で突っ込む。  しかし、自己紹介が終わるとまた会話が途切れてしまう。先輩が色々と話題を振ってくるが、何ぶん勉学しか興味がないもので、「そうなんですか」と答えるだけのマシーンになってしまっている。  そんなとき、不意にどこかからか細い猫の鳴き声が聞こえてきた。  声のする方向を見れば、蓋が閉められた段ボール箱が一つ。先輩もそれに気づいたようで、慌てて駆け寄っていく。 「うわ……今どき、こういうことする人っているんですね」  先輩が開けたダンボールに入れられた、二匹のアメリカンショートヘアの仔猫を見て眉をひそめる。助けてあげたいけれど、残念ながらうちでは飼うことはできない。 「保護してあげなきゃ」  そう言いながら、先輩が仔猫を抱き上げる。 「あの、こういうこと言うのもあれですけど、ちゃんと面倒見きれるんですか?」 「うん、大丈夫。アタシがこの子たちを育てる」  真摯な表情。どうやら、一時的な同情ではないようだ。 「片方の子、私が抱えますよ。傘、差せないでしょう?」  そんなわけで、成り行きから私も先輩のお宅にお邪魔することになってしまった。 <3> 「ただいま~」  先輩が「日野」の表札がついた築四十年ぐらいだろうか、そんな趣をした二階建ての一軒家のドアを開ける。 「では先輩、私はこれで」 「ええ~? せっかくだし上がっていってよ。お茶とケーキ出すから」  仔猫を手渡して帰ろうとしたら、上がっていくよう勧められてしまった。以前先輩の話を一方的に打ち切ってしまったこともあり、どうにも断りにくい。それに、こちらでお茶を頂いているうちに雨が止むかもしれないし、少し時間をつぶすのもいいかもしれない。 「それではお言葉に甘えて。お邪魔します」  靴を横向きに揃えて、先輩のお宅に上がる。 「あれ~、ママ出かけてるのかな? あっちが居間だから、この子たち運んであげてくれる? あとはてきとーにくつろいでてね~」  そういうと、先輩は台所と思しきほうに向かっていってしまった。  言われた場所のふすまを一度子猫を廊下に置いてから開けると、目に飛び込んできたのは猫だかりに犬だかり! 何、このアニマルランド!?  いきなり動物まみれで驚いたけれど、再び仔猫を拾い上げ畳の上に下ろしてからふすまを閉め、脇に鞄を置いてちゃぶ台の前に正座する。  それにしても、すごい動物の数。なんとなく数を数えてみると、犬が六匹、猫が八匹。さっき拾ってきた子を入れたら猫が十匹か。  いきなりの見知らぬ人と猫を警戒してか、特に猫勢がじっと様子を見る態度。 「おまたせー」  しばらく動物たちを眺めていると、先輩がお茶菓子の載ったお盆を両手で持ちながら、足でふすまを開けて入ってくる。だらしないなあ……。 「すごいですね、動物」  まあいいや、気分を切り替えて率直な感想をぶつけてみよう。 「あーうん、びっくりしたでしょ? この子たちみたいな子引き取ってたらすごい数になっちゃって。ママにはもう止めなさいって言われたんだけど、世話もきちんとするしご飯代も病院とかのお金も自分で稼ぐからってすごいお願いしてOKしてもらったんだー」  へえ、意外としっかりしたところあるんだ。 「働いてるんですか?」 「うん。駅前のケーキ屋さんでバイトしてるんだよー。このケーキも昨日、そこで分けてもらったんだー」  ああ、そういえばあったなあ。入ったことないけど。  しかし、話が弾んだのはそれまでで、その後ショートケーキと紅茶を頂きながら互いに沈黙が続く。  所在なさげに部屋を見回していると、さっきは動物たちが気になって気が付かなかったある物・・・が視界に入る。 「あの、ご家族にアノマロカリス好きの方がいらっしゃるんですか?」  目に映ったのは、戸棚の上に飾られた全長六十センチほどのアノマロカリスの模型。 「あー、あれ? アタシのだよー。なんか好きなんだよねー、カンブリア生物」 「わかります! すごくわかります! いいですよね、アノマロカリスもオパビニアも! あと、ハルキゲニアとかヨホイアとか……」  はっ! いけないいけない。お行儀悪く、つい身を乗り出して熱弁してしまった。同級生、特に女子とは古生物趣味が合う人がいなくて、日頃の欲求不満が爆発したらしい。 「英美ちゃんも好きなんだー! 気が合うねー」  常ににこやかな表情の先輩が、さらに笑みを増す。どうやら、先輩もこの手の話し相手に飢えていたらしい。  共通の趣味が見つかると会話というのは弾むもので、その後はかつて温暖だった南極大陸にどんな生物が眠っているかなんていう話にまで発展した。  ◆ ◆ ◆ 「あ、雨が止んでる。すみません、もう帰らないと」  ふと気づいて窓の外を見れば、すっかり雨が止んでいる。 「帰っちゃうの?」 「あまり長居しても悪いですし、家族が心配しますから」 「そっかー。じゃあさ、連絡先交換しよ?」 「はい、ぜひ」  こうして互いに連絡先を交換し、今日はお暇することにした。 <4>  あれからというもの、先輩の仕事がない日にはお宅に伺うことが多くなった。本当は先輩もうちに呼びたいけれど、人を招くには狭すぎるので断念している。  大体どんなことをしているかといえば、古生物トーク以外では私は勉強、先輩は動物と戯れているといった具合。先輩にも勉強するように口を酸っぱくして言っていたけれど、一向にやる気が見られないので今はもう諦めの境地。何というのか、良い言い方をすればすごくのびのびとした人だ。  動物といえば、私の存在にも慣れてきたようで、撫でさせてくれるようになった。あの二匹の仔猫も、先輩にお世話されて元気にすくすくと育っている。  こうして先輩のそばで勉強するのは、なんだか不思議と心が安らぐ。穏やかな時の流れに任せて、ずっとこうしていたい。なんとなく、ただなんとなく。  ◆ ◆ ◆  期末試験を間近に控えたある日の放課後のこと、執行部の業務を終えて帰ろうとしたとき、何の気なしに園芸部の畑の方へと向かった。ふと、土いじりに励む先輩を見たくなったのかもしれない。  この校舎の角を曲がれば畑は目と鼻の先。  角を曲がると、そこには果たして先輩がいた。しかし、先輩は地面に女生徒を組み敷いて……キスをしていた・・・・・・・のだ。  よりによって、その相手は湊会長! 一瞬頭が真っ白になったが、我に返ると脱兎のごとくその場を逃げ出す。  どういうこと? なんで先輩と会長が!? 二人がそんな仲だったなんて! そういえば会長、妙にいそいそと生徒会室を出て行ってた……。  あとのことはよく覚えていない。ただ、虚ろな感情で帰宅し、食事もせずに布団に潜り込んだことだけは覚えている。  ◆ ◆ ◆  あれから数日、毎日学習机に向かうものの勉強がまるで手につかない。先輩の家にも寄っていないし、着信も拒否にしてしまった。  この感情はきっと「嫉妬」。こんなにも自分の中で先輩が大きな存在になっていたなんて。  あの人は、私にないものを持っている。朗らかで優しい。でも、ずぼらで好きなこと以外はてんでダメ。  私は成績優秀だけど、融通が利かなくて口も悪くて。まるで正反対なのに、こんなにも心惹かれていたのか。  でも、先輩にとっては趣味の合う、ただの仲のいい後輩でしかなかったのかもしれない。  ならば、この気持ちは横恋慕なのだろう。  気づけば嗚咽をあげていた。ぽたぽたと落ちる涙が机の上に広げたノートを濡らす。  この気持ち、一体どうしたらいいのかわからない。今までどんな難しい試験問題も楽に解いてこられたのに、これはなんて超難問なのだろう。 <5>  試験の結果はボロボロだった。ボロボロといってもそれは自分基準の話で、日頃の積み重ねもあって全教科八十点台はキープしていたけれど、それでも中間試験の全教科満点には程遠い。  答案用紙を広げた教室の机で突っ伏し、途方に暮れる。このままではいけない。きちんと自分の気持ちに決着をつけよう。  今日はもう全生徒が帰宅するのみなので、スマホを手に取りメッセージを打ち込む。 『先輩、今まで着信拒否にしていてすみませんでした。大事なお話があります。屋上に来ていただけませんか?』  送信後、少し間を置いて返信がきた。 『どうしたの? 心配したよー! 屋上で待ってるねー』  先輩、相変わらずだな。さあ、すべてを終わらせに行こう!  ◆ ◆ ◆  屋上の扉を開けると、先輩がフェンスのそばに佇み空を眺めていた。三年の教室は三階で一年の教室は一階なので、先輩の方が早く到着したわけだ。幸い、他に生徒はいない。  まるで、心に黒くて重い雲が渦巻いているよう。空はこんなに青いのに。 「先輩、お待たせしました」 「久しぶりー! 元気だったー? 大事な話ってなぁに?」  ああ、そのにこやかな笑顔が、今の私には夏の日差しのように辛い。 「私……」  つい言いよどんで、言葉を区切る。 「私、先輩のことが好きです! この気持ち、きっと愛です!」  言った。ついに告白してしまった。 「でも、偶然見てしまったんです。先輩と湊さん……生徒会長がキスしているのを。私には、まだお二人を祝福できる心の余裕がありませんが、こんな気持ちをずっと引きずっていてはいけないと思い、告白しました!」  深々と頭を下げる。あとは野となれ、山となれ! これで、恋心とさようならだ! 「あ、あははー……あれ、見られてたんだ」  先輩が珍しく困った表情で頭をかく。 「あの、なんか勘違いしてるっぽいけど、あれ事故なんだよね」  は? え? 思わず、目を見開いて先輩を見つめてしまう。 「しずちゃん……彼女幼馴染なんだけど、焼き芋が大好きでさー。サツマイモが育ったら分けてくれってお願いしに来たのね」 「はあ」  よくわからない展開に、つい間抜けな相槌を打ってしまう。 「で、アタシそのときお芋の世話してたから、立ち上がろうとしてぶつかっちゃったの。そしたらあんな状態になっちゃって。いやー、歯と歯が当たって痛くて、あのあとしばらく二人で悶絶してたよー」 「そうはならないでしょう!?」  からからと笑う先輩に、思わず変なツッコミを入れてしまう。 「いやー、なっちゃったんだよねえ。アタシもびっくりしたよ。ファーストキス、しずちゃんに奪われちゃった。でも、これはノーカンだよね?」  なんと、すべては私の独り相撲だったのか。勝手に落ち込んで、泣いて、苦しんで。陽気に笑っている先輩を前に、思わず虚脱感でへたり込んでしまった。 「で、話を戻すけど、英美ちゃんの告白OKするよ! こんな、ドジで頭悪いアタシだけどよろしくねー」  屈んで目線を私の高さに合わせ、微笑む先輩。 「私こそ、融通が利かなくて口も悪いですけれど、こんな私で良かったらよろしくお願いします」  立ち上がってスカートの埃を払い、どちらからともなく抱きしめ合う。  ついさっきまで暗く淀んでいた心の中に曙光が差し、爽やかな青空が広がっていく。  それはきっと、空がこんなに青いから!

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