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 顔に当たるパフの感触はくすぐったいが、それでいてどことなく気持ちいい。  何の説明もないまま、フユはセフィシエに化粧を施されていた。セフィシエの顔があまりにも真剣な様子だったので、フユはその作業を遮る気になれず、あきらめてされるがままになっている。  化粧が終わると衣装室へと連れていかれる。絶句するフユをよそに、セフィシエはパステルグリーンの薄いワンピースを持ってくると、手慣れた様子でフユの上着を脱がせ、それを着せた。  フユに姉はおらず、それを欲しいと思ったことはない。しかし今は少しだけ、カルディナがうらやましく思えた。 「髪は、そのままでもいいわね」  母親譲りの栗毛色の髪は、首のあたりまで素直に真っすぐ垂れ下がっている。セフィシエはフユの髪を丁寧に櫛で梳かし、そして最後に、小さめのストローハットをかぶせた。 「はい、出来上がりよ。かわいいわ!」  セフィシエはそう言って満足そうに微笑んだ。  突然、フユは得も言われぬほどの気恥ずかしさに襲われてしまう。自分でも顔が真っ赤になっているのが分かった。 「鏡、見てみる?」  そう尋ねられても、答えられずにいる。その様子にまたセフィシエが「なんてかわいいのかしら!」と声を出し、目を細めてフユを見た。  自分が一体どういう風にみられているのか、それを意識するのがこれほど恥ずかしいこととは思わなかった。  その点カルディナは、同級生に見られたということで気恥ずかしく思っているのだろうが、それを除けば、女性の服を着ていても堂々としている。  そこでフユはヘイゼルのことを思い出した。ブリーフィングルームに入ってきたときのヘイゼルも、こんな気持ちだったのだろうか。 「へえ、様になってるな」  いつの間にか、カルディナが衣装室を覗き込んでいる。その感心している様子に、フユは余計に恥ずかしくなってしまった。 「こっちに来て」  セフィシエがフユの手を引き、頭の上から足の先まで全身が見える鏡の前へと立たせる。化粧中も着替え中も、セフィシエはフユに鏡を見せなかった。驚かせようと、わざとそうしたのだろう。  セフィシエに促され、フユは恐る恐る鏡を見た。  ふわりと広がるスカートの裾は、うっすらと向こう側が透けて見えている。無地のワンピースは全体の印象をどこか儚げなものにしていた。しかしそこに、濃いグリーンの長いリボン紐が腰上で巻かれているレースのベルトから二本垂れさがることで、アクセントをつけているようだ。  淡いピンクの唇。少し丸みを帯びた頬に塗られたチークが彩を添えている。可愛らしく仕上げられた顔から、驚きで見開かれた目がフユを見つめていた。 「どう?」  隣でセフィシエがフユにそう尋ねる。その瞬間、フユの目から涙が一粒こぼれ落ちた。また一粒。さらに一粒。 「フユ君、大丈夫?」  余りにいきなりのことだったので、セフィシエは慌ててしまったようだ。どうしましょうと言いながら、ハンカチを取り出す。彼女がフユの涙を拭こうとしたところで、フユの唇が動いた。 「お母さん」  フユの目は見開かれたまま、鏡を見つめている。その目から涙が次々とこぼれ落ちていった。  と、突然フユを、柔らかい腕と胸がふわっと包み込んだ。 「ごめんなさい、ごめんなさいね」  セフィシエがフユを強く抱きしめる。フユはしばらくの間、その胸の中で、母親の名を呼びながら泣き続けた。  

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