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 共同訓練の事前説明およびバイオロイドとの打ち合わせは、野外訓練棟にあるブリーフィングルームで行うことになっていた。フユは少しだけ急いで、バランススクーターを走らせる。生徒の人数に比べ学校の敷地は随分と広いのだが、それは生徒数以上にバイオロイドが所属しているという理由からでもあった。  この学校が政府から莫大な助成金を受け取れているのも、コンダクター養成所だけでなくエイダーの教育施設をも兼ねているからではあるが、その分、政府から要求される設備レベルは高い。  フユは、野外訓練棟に到着するとすぐ、更衣室へ行き、野外用トレーニングウェアに着替えた。紺色のシャツと短パン、そして黒いハイソックスとブーツといういで立ちで、ブリーフィングルームへと入る。中は個別ブースに分かれていて、フユたちのつくべき席はすでに決まっているが、そこにヘイゼルの姿はなかった。  訓練の説明は後一〇分ほどで始まる。一年生の十二人のうち、ほとんどの生徒はすでにバイオロイドとともにブースについており、カルディナもすでに、青い髪のバイオロイド、マクスバート・レス・コフィンと何やら話し込んでいた。  誰もいないブースは二つ。そのうちの一つはフユの場所であるので、生徒で来ていないのは後一人だけである。フユはそれがクールーン・ウェイであることに気が付いた。  一つのブースには少し長めの机と隣り合う三つの座席がある。フユは自分のブースへと行き、その右端に座った。机には薄いディスプレイと操作パネルがあるが、今は電源が付いていない。  そこでフユはふっと一つ息を吐いた。焦る気持ちを落ち着かせる。 『もしかして、ヘイゼルは来ないつもりなのだろうか』  そう思った後すぐに、頭を振ってその考えを振り払った。ヘイゼルはレイリスに『先に行ってて』と言付けしたのだ。必ず来る、そう自分に言い聞かせる。  と、ルームの中にざわめきが起こった。何人もの生徒の顔が、入り口のほうを向いている。もしやと思い、フユも振り返った。  赤。フユの目に飛び込んできたのは、燃えるような赤だった。  額を隠す前髪、頬に掛かる横髪、そして前からでも見えるほどに立てられたポニーテール。真っ赤な髪をしたバイオロイドが、右手を腰に当て、部屋にいる者たちを威圧するように立っている。  背は、生徒たちに比べれば少し低いだろうか。幼さが残る顔は、やんちゃな性格をうかがわせるが、しかし自信に満ちた表情をしていて、口元には僅かに笑みが浮かんでいる。  その横では、トレーニングウェア姿のクールーン・ウェイが、エンゲージよりもさらに背の低い身体を、申し訳なさそうに小さくしていた。 『あれが、エンゲージ』  フユも、部屋に入って来たバイオロイドの堂々とした姿に目を奪われてしまう。  もう一つ、皆の目を惹いていたのはエンゲージの服装だった。ブリーフィングルームにいるバイオロイドたちは皆、セーラー様の白いシャツと長ズボンというスクールウェアを着ている。  しかし、新たに登場したバイオロイド、イザヨ・クエル・エンゲージはえんじ色のテールコート、そしてタイトな白いパンツと黒いブーツを身に着けていた。  それがエンゲージのパーソナルウェアなのだろう。  エンゲージが、最後に一つ残っていた誰もいないブースへと優雅に歩いていく。クールーンはその後ろをうつむき加減についていった。 「あれじゃどっちがコンダクターになるのか分からないな」  誰かが聞こえるように言い囃すと、クスクスという笑い声があちらこちらからあがる。その瞬間、エンゲージのブーツが床を叩き、大きな音が鳴った。 「オレのパートナーを馬鹿にしたのは、誰?」  トーンは高いが、空気を切り裂くようなエンゲージの声が響き渡る。大きな目の中に浮かぶ赤い瞳が、ルームの中を薙ぎ払うように見渡している。誰も、何も言わなくなった。  クールーンが席につくのを待ち、そしてエンゲージが隣に座る。  フユはエンゲージの振る舞いにどこか王者の風格を感じ、自然と心の中で『すごいな』という感心の声を上げてしまった。  それにしても……ヘイゼルが来ない。もうそろそろ説明が始まろうとしているのに、である。  何人かの生徒が、フユの方をうかがい、口元をにやけさせている。さすがのフユも眉をひそめずにはいられなかったが、それは今だパートナーが来ないフユを笑う他の生徒たちの反応にというよりも、この時間になっても姿を現さないヘイゼルへの困惑で、であった。  と、再び後ろで扉が開く音がした。フユはすぐさま後ろを振り向く。  華奢な体を覆い隠すような黒いドレス。灰色の長い髪を揺らしながら、少し不安げに口元を押さえ、ヘイゼルが入り口に立っていた。
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