クロスドレス・B・エイダー ~灰髪のヘイゼル~
第31話 カルディナの苦悩①
カルディナ・ロータスは悩んでいた。
目の前では、マクスバート・レス・コフィンが相変わらず焦点の合わない視線をカルディナに向けている。
青い髪の毛は、前は切れ長の目のラインに沿って、後ろは首元で水平に切りそろえられているが、もみあげだけは胸の下あたりまで真っすぐに伸びている。
上がセーラ―、下はストレートのズボン。スクールウェアであるこの服装は、地球で海軍の兵士が広く着用していたものだそうだ。
余り威圧感を感じない服装なので、救助を待つ人間の前に突然現れたとしても、警戒される心配がない――どうせそんな理由でこのデザインに決めたのだろう。
別にそれを悪いとは思わないが、コフィンには余り似合っていないのがカルディナの悩みである。
(何を着せれば似合うかな)
コフィンからはただならぬ程のポンコツ臭が漂ってきている。何せ、待機中は常に、焦点の合わない眼をうろうろさせているのだ。カルディナは、コフィンが一体どこを見ているのか、不思議で仕方がなかった。
以前、何を見ているのかと尋ねたことがあるのだが、コフィンは平然と「オーラです」とだけ答えた。
なんでも、人間が身に纏うオーラが見えるのだそうだ。そして、訓練中でも近くに人間がいるとそのオーラが気になって仕方がないらしい。
性能テスト中ですらその調子で、結局、碌な成績が残せず、日々、第一八班で訓練を続けている。
はっきり言ってしまえば、バイオロイドにそのような能力はない。「オーラが見える」など、コフィンの気のせいでしかないのだ。そんなことを公言しようものなら、『不良品』のレッテルを張られかねない。しかし、それを指摘しても、コフィンは「そうですか」というだけである。
見えるのだから仕方がないでしょう――コフィンはそう言いたげであった。
ならば、それを証明してみせてくれ。カルディナはコフィンにそう伝えてある。今回の訓練でコフィンに出した指示は、「そのオーラとやらを探し出して、その持ち主の名前と場所を俺に知らせろ」というものだけだった。ルートの指示も重点探索エリアの指定もしていない。
カルディナは別に、本当にコフィンがそんな能力を持っているのか、それとも『故障』の類なのかについては興味がなかった。
結果が残せればそれでいい。その過程には興味がない。全ては結果、それがカルディナの考えである。
いや、そんなことよりも、もっと重要なことがある……
やはりロングスカートか、それともキュロットスカートにするべきだろうか。カルディナにとって、訓練の結果よりもその方がはるかに大きな問題だった。
元々バイオロイド達は男性型にしても女性型にしても、極めて中性的な顔をしている。そんな折角の『素材』を前にしているのに、男性型バイオロイドに男性用の服を着せて何が面白いのか。カルディナには全く理解できなかった。
女性用の服を着せれば、印象ががらりと変わる。そこにギャップが生まれるのだ。
(ギャップこそ、至高)
カルディナにとって、『結果』よりもさらに重要なもの。それが『ギャップ』だった。
(強烈なギャップを持つ逸材こそ、この俺が指揮するバイオロイドにふさわしい)
例えば、エンゲージのような個性の主張が激しいバイオロイドでは、きっと『何を着せてもエンゲージ』にしかならないだろう。まったくもってカルディナの趣味ではない。
一方、ヘイゼルのパーソナルウェアはなかなかのものだった。あの、はねっかえりのヘイゼルが、ドレス姿で躊躇い、戸惑い、そして恥ずかしがっていたのだ。
(あのギャップたるや、すさまじい破壊力だな)
そもそも、担当の男性型バイオロイドに女性用の服を着せるなど、一体どんな趣味を持っているのかと、白い目で見られること請け合いだ。本来、そんなことは隠れてするべきであり……いや、そもそも、そんなことをしようという生徒は皆無であるのだが。
なのにあろうことか、ヘイゼルはドレスがパーソナルウェアである。
(ヘイゼルを作ったやつは何を考えていたのだろう)
うらやましい……フユと準備室で言葉を交わした時、思わずそう言いそうになったのを、カルディナはすんでのところで我慢した。これは『ヒメゴト』なのだから。
改めてコフィンを見てみる。カルディナにはコフィンがなかなかの素材のように思えるのだが、かといって、何を着せればギャップが極大になるのか、その答えは今のところ出てきそうになかった。
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