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 服従ではなく、恋。 「『恋』という感情が、『人間全体に対する服従』を上書きできるのか。彼はそれを実験しようとしました。『パーソナル性』は限定的な実験になるように組み込まれただけで、それが目的ではありません。そして彼は、貴方がある程度成長するまで待って、その実験を行いました」 「僕を、待って……なぜ、ですか。別に父自身を対象にしてもよかったのでは」 「彼自身を対象にしたくはなかったから。彼には、もう愛しあう者がいたから」  カグヤの答えが、フユの予想とはあまりにもかけ離れたものだったので、フユは少し呆気に取られてしまった。  なんと身勝手なことだろうか。 「じゃあ、ヘイゼルは」 「この先ずっと、貴方に恋し続けるはずです。『愛』ではなく、『恋』。だからあれは、貴方が他の誰かと添い遂げようとすれば、その邪魔をしようとするでしょう。貴方か、あれか、どちらかがこの世からいなくなるまで」 「そんな、そんなの、おかしいじゃないですか。生まれながらにしてそう決められてるなんて。ヘイゼルだって」  しかしフユの言葉はそこで止まる。  バイオロイドに自由意志など無い。フユに『恋』していなければ、他の誰か、もしくは人間全体に『服従』するだけのことだろう。  ヘイゼルは人間ではない。人間に使われる道具、バイオロイドなのだ。  ……本当にそうなのだろうか。自律的に行動する人間型の動体は、人間ではないというのだろうか。 「バイオロイドとは、なんですか。人間とは……人間とは、なんなのですか」  フユの頭の中で様々なことが巡り巡って、フユはその答えが見つからず、混乱した。  ヘイゼルが自分に『恋』しているということが邪魔なわけでも、悲しいわけではない。いや、ヘイゼルがいたから、自分はまだ生きている。  でも、でも。頭の中で、そんな声がこだまする。  パーソナル・インプリンティングが無ければ、ヘイゼルはこれほどまでにフユを慕うだろうか。  改めてフユは気づかされる。自分がヘイゼルをどう思っているのかに。  ヘイゼルが好きだ。でもなぜか。それは分からない。好きだから、好きなのだ。  でもヘイゼルはそうでは無い。ヘイゼルはフユのことが好きだろう。でもそれには理由がある。彼の遺伝子にそう書かれているからだ。    ヘイゼルのその感情は、偽物なのではないか。  ヘイゼルの、本当の感情は、どこにあるというのだろうか。  自然と顔が下を向く。胸が苦しかった。  ヘイゼルを単なる『道具』として見ることができたなら、こんな気持ちにはならなかっただろう。  だから、だからこそ、新たな疑問がわいてきた。 「なぜ、ヘイゼルは男性型なのですか。僕は、男です」 「もちろん、貴方のお父さんが作ろうとしていたのは、『女性型』バイオロイドです」 「じゃあ、なぜ」 「女性型として設計したはずのバイオロイドが、培養途中でその性を変え、男性型として誕生してしまったのです。きっとお父さんにも予想外のことだったでしょう。そのバイオロイドのパーソナルスーツには、女性型用のものを用意していたのですから」  フユが疑問に思っていたこと、そのほとんどが明らかになった。
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