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「フォーワル……フォーワル・ティア・ヘイゼル……やっぱり、ヘイゼルを作ったのはお父さんなんですね」  確認のための質問。カグヤがそれに沈黙で答える。 「じゃあ、ヘイゼルにはパーソナル・インプリンティングが」  きっとそうだろう。そう思っていた、分かっていたはずなのに、フユは心のどこかから何かが抜け落ちる感覚に襲われた。 「父は、お父さんは、僕に何を」  僅かに声が震える。フユの心は、カグヤが言ったことを整理し理解することを拒んでいた。考えたくなくて、ただ、知識だけを、答えだけを要求する言葉が口をついた。  数瞬置いた後、カグヤがおもむろに口を開く。 「バイオロイドは、人間が星系間航行を行う間のサポートとして生み出されました。極端に少ない代謝量と過酷な環境への対応力、そして長期間にわたって、不平不満を抱くことなく、人間に奉仕し続ける精神が必要でした。そのために、バイオロイドは特別な遺伝子を土台に作られています。人間への絶対的服従が遺伝子レベルで刷り込まれているのです」  その話は、フユも学校や様々な資料で見聞きしていた。 「このネオアースへの移住にも、五体のバイオロイドが送り込まれました」 「それが第一世代のバイオロイドですね」 「ええ。しかし、ネオアースに到着した後の人間に必要だったのは、この未開の星で何とか生き延びるために必要な『手助け』でした。そこで五体のうち、それに適した身体能力の高い二体のバイオロイドのDNAが原型として選ばれ、第二世代のバイオロイドが作られたのです。しかしそれら、ディユ型は服従する人間を自ら選びます。この星の開発が進むにつれ、それが人間には不都合になってきました」  まるで学校の講義を受けているみたいだ――フユはそんな印象を持ったが、しかし中にはフユの知らない情報があった。第二世代のバイオロイドについては、学校はおろかネットワーク上でもあまり情報が手に入らない。  カグヤはそれを知っている。しかもかなり詳しそうな口ぶりである。まるで、その時のことを知っているような――もう何百年も前のことだというのに。 「そこで人間はある程度星の開発が進んだあたりで、生み出すバイオロイドのDNA原型を他の三タイプに変えたのです。それが第三世代。それらは、人間『全体』への服従精神を持ったものたちでした」 「待ってください。それなら、バイオロイドを人間から解放するというのなら、作るバイオロイドを第二世代に戻せばいい。彼らが行っているのは自由意志による選択です。いや、もっと言うのなら、そもそもバイオロイドから『人間への服従』という遺伝子を取り除けばいいのではないですか」  フユの言葉が熱を帯びる。しかしカグヤは、それをなだめるように口元に笑みを浮かべた。 「それらは『特別な遺伝子』なのです。その正体がまだ分かっていません。もしかしたらDNA情報ではないかもしれません。この私ですら、いまだそれを新たに作り出すことも、除去することもできないでいます。だから、バイオロイドはその五タイプのDNAを土台にするしか作ることができません。彼らの持つ服従精神は、第一世代の、いえ、その土台となった者たちが持っていた特別な『本能』をコピーしているだけなのです。第二世代のバイオロイドにしても、彼らは本能的に服従を求めます。自由ではないのです」  つまり、その『本能』をバイオロイドから取り除けば、『解放』となる――それが父が、そしてこのカグヤが行っていた研究なのだろう。  ファランヴェール。第二世代のバイオロイド。作られてからもう数十年以上たっているだろう。彼は、服従する相手を失い、その『代わり』を探し求め、そしてフユにたどり着いたのだろうか。  しかし、ヘイゼルを思い浮かべた時に、フユの心に強烈な違和感が生まれた。その違和感の正体が、しかしフユははっきりとイメージできない。もやの中に包まれた、いや、もやその物となって渦巻いている。 「それがなぜ」  パーソナル・インプリンティングという、いわば個人崇拝を強制するようなものになるのだろうか? 「アキトは、まったく新しいアプローチを考えました。『除去する』のではなく、『上書き』をしようと」 「上書き、ですか」 「ええ。『服従』を別の感情で上書きできないか。そう考えたのです」  取り除くのではなく、書き換える。技術的なことはフユにはよく分からない。しかしそれがヘイゼルに組み込まれているというのなら、ヘイゼルはフユに服従しているのではないのだろう。  そう考えると、ヘイゼルの行動パターンに納得できる点がいくつかあった。ヘイゼルには、フユの言うことを聞かないことがしばしばあったのだ。  フユには、ヘイゼルが持つその感情が何なのか、カグヤに聞かずとも思い当たるものがある。しかし、それが信じられない。いや、信じたくないという気持ちが、次の問いかけを生んだ。 「それは、その感情は、何ですか」  フユの言葉に、カグヤはじっと――いや、瞼はずっと閉じられたままなのだが、その奥にある瞳でじっと見つめるように、フユへとその顔を向けている。  まるで本当に見えているかのようだ。いや、本当に見えているのかもしれない。その彼女の、薄く生気のあまり感じられない唇が、ゆっくりと動く。 「『恋』という感情。彼らしい考えでした」  そういうとカグヤはまた、何かを懐かしむように微笑んだ。
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