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 リビングから続く扉の向こうから、小さく、シャワーの流れる音が聞こえてきている。  フユの頭の中は、様々なことがぐちゃぐちゃになってしまっていた。ヘイゼルの様子でいっぱいだった意識の中に、ファランヴェールが入り込んできているのだ。  思い返してみれば、この学校に来て以降、フユの傍には常にファランヴェールがいた。地下街のテロ事件の時も、そして訓練中に襲われた時も。  フユはそれをずっと偶然だと思っていた。でも今は、それが必然であったという確信がフユの中に芽生えている。  しかしそれはヘイゼルとても同じである。彼は、あのホテルの事件の時にすら、フユの傍にいたのだ。  そこでフユの頭の中に、もう一つの確信が生まれた――  ヘイゼルが、あのホテルにいたのは、偶然ではなく必然だったのではないだろうか。フユの父、アキト・リオンディはヘイゼルの姿を見て、確かにその名を呼んだのだ。  そして、フユの母は……レイカ・リオンディ。フユは、自分の母親が服飾デザイナーとして働いていたことをまったく知らなかった。フユには、母親が常に自分の傍にいた記憶しかないのだから。  しかし、その母親が、もしかしたらヘイゼルのパーソナルスーツのデザインをしたかもしれないらしいのだ。  そこから得られる結論は、よく考えてみれば、もっと以前に得られたはずのものである。もしかしたら、フユは識的にそのことに目をつむっていたのかもしれない。ただ、『何かしら関係がある』というだけで済ませていたのだ。  シャワー室から聞こえてくる音は、まだ大きいまま続いている。フユはふと立ち上がり、リビングの壁際の棚に飾っていた写真を手に取った。  両親とまだ幼いフユ、三人で撮った唯一の写真。デジタルではなく、わざわざアナログで現像されたものである。  写真の表面に特殊コーティングが施されているのだろう、撮ってから十年以上経っているはずだが、いまだに鮮やかな色合いをしていた。 ――ヘイゼルを作った『フォーワル』という人物は、お父さんなんじゃ。  勿論、確証があるわけではない。しかしそう考えて矛盾することは、何もなかった。  クエンレン教導学校は、理事長であれ、ファランヴェールであれ、ヘイゼルを作った人物についての情報を知らないようだ。きっと、ヘイゼルについてはフユよりも学校の方がよく知っているに違いない。それでも、ヘイゼルの正体が分からないというのは……  ヘイゼルの製作はかなり極秘裏に行われたのだろう。パーソナル・スーツも、他でもない、母親にデザインを頼んで。  それにしても、なぜヘイゼルの服が女性型なのか。そのことについては全く想像つかなかった。手がかりと言えば、ヘイゼルと同じDNAを持つバイオロイドが、女性型だったということだろうか。  そこまで考えて、フユはあることを思い出した。  あの男……フユに、『パーソナル・インプリンティング』について尋ねたバイオロイド管理局の男……彼はフユに、父親について尋ねたのだ。  そしてヘイゼルは、バイオロイドにあるまじき行動原理を持っている。『人間』ではなく、『フユ個人のみ』を守るべき対象としているのだ。 「パーソナル・インプリンティング……」  無意識にフユはその言葉を口にした。と、誰かの気配を感じて、フユは後ろを振り向く。  フユの視線の先に、シャワー室から出てきたファランヴェールが、その真っ白な体に何も身に着けることなく、全身濡れたままの姿で立っていた。
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