クロスドレス・B・エイダー ~灰髪のヘイゼル~
第40話 同乗者
次の日、フユは朝一番のシャトルバスに乗り、この地方で一番の大都市であるガランダ・シティへと向かった。フユの実家のあるウェークには、ガランダ・シティを経由する必要がある。
朝一番と言うことで利用する生徒は少なかったが、驚いたことに、同じシャトルバスにカルディナ・ロータスが乗りこんできた。カルディナはフユを見つけると、空席ばかりのバスの中、躊躇することなくフユの隣の座席に座った。
「ここ、いいか」
座ってから、いいかどうかを尋ねてきたことに、フユは少し可笑しさを感じてしまう。
「いいよ」
フユは軽く微笑みながらそう答えたのだが、ガランダに到着するまで、間が持つのか少し不安に思った。しかし、それはすぐに杞憂となる。
「エンゲージのデータ、見たか」
バスが発車するとすぐ、カルディナは、顔を前に向けたまま、そうフユに尋ねた。
「あ、うん。見たよ。なんだかすごかった。フィールドの状況が全部見えてるようだったね」
フユが、カルディナの方へと顔を向ける。カルディナの金色のショートヘアは、少しくせっけはあるものの、ただ生える方向に沿って自然に流れている。銀縁の眼鏡がとても知的に見えた。
「同僚と考えれば頼もしいが、ライバルと考えるとぞっとする」
カルディナが軽く肩をすくめる。
エンゲージは既に、次の共同訓練のペアとしてクールーンの申し込みを承諾していただけに、ペアになる可能性が随分と高まっているようだ。
「でも、コフィンもすごかったよ。『見えてる』みたいだったけど」
「ああ、あれな。あいつ、見えてるんだよ」
「何が?」
「オーラ」
「ごめん、ちょっとよく分からないよ」
カルディナが発した『オーラ』という言葉がイメージできず、フユの顔に困惑の表情が浮かぶ。
その言葉を口にした当の本人であるカルディナも、どこか解せないといった不思議な表情でフユを見た。
「だよな。なんでも、人間のオーラが見えるそうだ」
二人の間に、微妙な空気が流れる。
二人を乗せたシャトルバスは、ガランダに向けて快調に走っている。クエンレン教導学校は山の中にあるため、ガランダへの道はそのほとんどが濃い緑色の林に囲まれた下り坂である。だから、車窓から見える景色は、麓に降りるまではほとんど変わり映えはしない。
飛行できるエアカーならもっと早く着くだろうし、窓からの眺めも爽快なものに違いないのだが、コスト面と安全面から、シャトルバスは地上を走るものが採用されている。
「体温が発する赤外線を『聴いて』るんじゃないのかな」
「いや、『見える』らしい。聴覚じゃなく、視覚だ。まあ、俺にもよく分からないだけどな」
自嘲気味に笑うと、カルディナはまた前を向いた。
それからもしばらくは、昨日の訓練の内容の話をし合ったが、カルディナがヘイゼルの行動の不思議について尋ねてきたときも、フユは「ヘイゼルの性能を見るためとエンゲージの行動を見るため」という理由にしておき、『ヘイゼルが自分の命令に従わなかった』ということは黙っていた。
「ロータス君は、コフィンとペアを組むことにしたの?」
「まあ、次の訓練を見てからだな。あと、ロータス君ってのはやめてくれ。気持ち悪い。カルディナでいい。君付けもなしだ。同級生だしな」
バスの揺れで少しずれてしまった眼鏡の位置を指で直しながら、カルディナがフユにそう言った。
カルディナはほとんど笑顔を見せないし、フユを見る目には鋭いものさえ含まれている。しかしそれは、何かに怒っているというよりも、カルディナの生まれつきなのだろう。
「うん、分かった」
フユは笑顔でそう応じた。
山を抜けると、次第に建物が増えてくる。高層のものは都市の中心部にしかなく、それらを囲むように、同心円状に背の低い建物が広がっているのが、ガランダという都市の特徴である。
カルディナは中心部に着くよりも前にバスを降りた。そのエリアに実家であるマンションがあるそうで、カルディナは週末には必ず帰っているとのことだった。
フユはそのまま終点である中心部まで行き、そこからハイアーに乗り換え、郊外にある実家へと向かった。
応援コメント
コメントはまだありません