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 違和感の正体に気が付いたにもかかわらず、その答えが更にフユを当惑させている。バイオロイドについては、学校から送られてきたテキストを使い入院中に自力で学んではいたが、その知識の中では、パーソナルウェアとは『そのバイオロイドの為だけに作られる服』とあった。  ヘイゼルを作った人物が一体何を考え、ヘイゼルにパーソナルウェアとしてそのドレスを与えたのか。再びフユを、知りたいという渇望が襲う。 「ね、ねえ、ヘイゼル。君を作ったフォーワルという人のことを教えてくれないか」  フユの質問に、ヘイゼルは少し寂しげな表情をした。 「知らない」 「知らないって、どういう」 「記憶がないんだ」  視線を落とし、ヘイゼルがぽつりとつぶやく。その姿に、嘘をついているという様子は感じられない。だからこそフユは、父親の最期の言葉の訳にたどり着く道が閉ざされたように思え、絶望にも似た衝撃を感じた。 「じゃ、じゃあ、君はなぜ、あの時、シャンティンホテルにいたんだ。なぜ僕を、助けた。いや、助けられたんだ」  思わずフユの語気が強くなる。しかしヘイゼルがそれに反発することはなかった。 「気づいたら、あそこにいた。ボクの記憶は、フユを助けたあの時からのものしか無いんだ」  ヘイゼルは、その答えを絞り出すのに、更に声を小さくする。そしてまるで怒られている子供のように、上目遣いでフユを覗き込んだ。  疑問は胸の内からいくつも湧き出てくるが、ヘイゼルからはもうこれ以上の答えを得られそうにない。そう思い、フユはきゅっと手を握りしめた。 「ヘイゼル。とりあえず、君のいるべき場所に戻って。次は懲罰室三か月だって、ファランヴェールが言ってたよね。見つからずに帰ることはできるのかい」  もちろん、ヘイゼルを部屋の中に入れたとなると、フユ自身も処罰の対象となる。しかしフユは、そのことに敢えて触れなかった。 「フユと会っちゃダメなんて、そんなの、人間が決めたルールだし」  ヘイゼルは、一転、不機嫌な顔に変わると、視線を横に向けぼそっとつぶやいた。 「ルールに従うのが僕たちだよ」  ため息交じりに、フユがヘイゼルを諭す。するとヘイゼルは、信じられないものを見るような目でフユを見つめた。 「ボクを、あのいけ好かない主席エイダーに突き出すの? そんなこと、フユはしないよね?」 「そうは言ってないだろ、ヘイゼル。でもね」  フユがさらに言葉をつづけようとするのを、ヘイゼルが遮る。 「ねえ、フユ。明日の共同訓練は、当然ボクとしてくれるんだよね。ボク以外のバイオロイドを指名するなんて、ないよね。トレーニングルームじゃ、他のバイオロイドがかわいそうだったんで、言うのを遠慮したんだよね?」  ヘイゼルは、フユのパートナーは自分を置いて他にはなく、フユも必ず自分を選ぶと信じているようだった。 「まだ、誰にも申し込んでないよ」 「じゃあ、今すぐボクに申し込んでよ」  しかしフユは、まさにその点に危うさを感じずにはいられない。ヘイゼルを突き動かすものは何なのだろうか。バイオロイドとは、このようなものなのだろうか。  父親がバイオロイドの研究者でありながら、フユ自身はほとんどバイオロイドに関わってこなかった。それを今は歯がゆく感じてしまう。 「分かった。今から共同訓練の申請をする」 「ホント? やった」  まるでそれまでの会話がなかったかのように、ヘイゼルはその黒い瞳を輝かせ、その場でくるりと回った。髪とドレスの裾がふわりと浮き上がる。 「じゃあさ、フユ。これから明日の訓練の打ち合わせを」  さらに言葉をつづけるヘイゼルを、今度はフユが遮った。 「ただし、一〇後に申請を取り下げる」 「えっ」  フユが何を言っているのか、ヘイゼルは理解ができない様子だ。 「バイオロイド側の申請の承諾は、バイオロイド用施設の端末を使うんだったね」 「そ、そうだけど」 「一〇分以内に帰るんだ。打ち合わせは、ブリーフィングの時に。いいね」  ヘイゼルを見つめるフユの目はどことなく冷たい。ヘイゼルは軽く下唇をかんだ後、突然踵を返すと、何も言わずにテラスへと続く階段を昇って行った。

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