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 フユがウォーレスの部屋から出て、バイオロイド管理棟のエントランスに来た時には、もう外は暗くなっていた。  エントランスにはヘイゼルが手持無沙汰の様子で佇んでいる。 「フユ!」  ヘイゼルがフユを認め、傍へと駆け寄る。 「待ってたの」 「そうだよ。もう用事は終わった? 部屋へ行こうよ」  フユの手を引っ張るヘイゼルを、フユは力を入れて止める。 「ヘイゼル、今日はメンテナンスを受けておいで」  その言葉に、ヘイゼルは不思議そうな顔でフユを見返した。 「メンテナンスは一昨日受けたばかりだよ」 「今日のは臨時メンテナンスだよ。ウォーレス部長とも話してある」 「臨時? 何ために」  ヘイゼルが不機嫌な顔を見せる。 「この間、ヘイゼルは随分無理をしたから。経過観察用にね、健康診断も兼ねてる。さあ、行っておいで」 「やだよ!」  諭すように言うフユに、ヘイゼルはなおも抵抗の意思を見せた。 「ちゃんと聞き分けて。ヘイゼルの体に何かあったら、僕はどうすればいいんだい」  そう言われてしまうと、ヘイゼルには返す言葉がない。 「ずるい」 「メンテナンスが終わった日は、ヘイゼルと一緒に過ごすから」 「二人だけで?」 「ああ」  ヘイゼルはそれでようやく納得したようだ。その様子を見て、フユは受付へと行き、受付員と何かを話した。  しばらくして白衣を着た研究員がやってくる。ヘイゼルは何度もフユの方を振り返りながら、研究員と一緒にメンテナンス室へと消えた。  それを見届け、フユは棟の外へと出る。雨はすでに上がっていた。  構内の舗装道路を照らす街灯の下に、フユが人影を認める。その人影も、フユが出てきたのに気づき、走り寄ってきた。  長い白髪を揺らしながら。 「マスター、大丈夫でしたか」  ファランヴェールが心配そうにフユの目を覗き込んでいる。 「ファルは外にいたんだね」 「理事長と会っていました」 「理事長は何か?」  フユがそう尋ねながら、歩き始める。ファランヴェールもフユの横に並び歩き始めた。 「この間の事件で、シティの消火隊や救助隊の車両にかなりの被害が出ています。もしかしたら、それが狙いで解放戦線は事件を起こしたのではないかと」 「そんなことして、何があるんだろ」 「いくつか可能性はありますが」  ファランヴェールはそこでハッとなって、言葉を止めた。 「マスター、それは後にしましょう。ウォーレス部長とどんな話を?」  その問いに、しかしフユは答えなかった。二人の間にしばらく沈黙が流れる。  構内には人気は無い。先ほどまで降っていた雨で、生徒たちのほとんどは出歩くこともなく、自分のコンドミニアムに戻っているのだろう。  季節外れの冷たい風がフユのショートボブとファランヴェールのロングヘアを揺らしていった。 「ファルは、自分がなぜ作られたのか、考えたことはある?」  突然の問いかけ。ファランヴェールは意表を突かれたような顔を見せる。 「どうしてまた、そんなことを」  確かに、ファランヴェールがそう聞き返すのももっともだ――フユはそう思った。  もし『自分がなぜ生まれたのか』と聞かれても、フユには答える自信がない。 「少し、部屋で話そうか」 「はい。でも、ヘイゼルは」 「ヘイゼルは今日はメンテナンスを受けることになった」 「でも、ヘイゼルは一昨日受けています」  そう聞き返すのもまたもっともだった。 「今日のは、バイオロイドへの身体的、精神的影響を調べるのと、そして」 「待ってください。影響って何ですか」  ファランヴェールが、自分の先を歩こうとするフユの手を取る。フユが足を止め、ファランヴェールの方へと振り返った。 「性行為が与える、パーソナル・インプリンティングを有するバイオロイドへの影響、だよ」  その言葉で、ファランヴェールはフユがほぼすべてのことをウォーレスに話したのだと分かった。
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