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 フユとヘイゼルの目が合っていたのは一瞬でしかない。しかしヘイゼルは、まるでその一瞬ですべてを悟ったかのように――それはヘイゼルの誤解でしかなかったのだが――マントを翻し、フユがいる方とは反対の方へと走り出した。 「待って、ヘイゼル」  フユには、ヘイゼルの行動が理解できない。彼はなぜここにいて、そしてなぜ逃げるのか…… 「なんでヘイゼルがここにいるんだ?」  カルディナも不思議そうにヘイゼルの後姿を見、そして視線を戻す。しかし、そこにいたはずのフユもいなくなっていた。 「お、おい、フユ。お前」  道が分からないだろう――ヘイゼルを追いかけ始めたフユにそう声を掛けようとしたが、カルディナは慌てて口を押さえてしまう。そう、彼は今、女の子の格好をしているのだ……  周りにいる人たちは、いきなり走り始めたヘイゼルとフユに気を取られていて、カルディナの声には気づかなかったようだ。 「ま、いっか」  道に迷っても、案内ロボットが各階にいるのだから何とかなるだろう。カルディナはそう思い、自分の『アルバイト』に戻ることにした。 ※  人波をかいくぐっての追跡は、直ぐに終焉を迎えてしまう。いくつか角を曲がった後、もうフユの視界から灰色の長い髪はいなくなっていた。  それにしても、ヘイゼルは何かにショックを受けたような様子だった。しかし『何か』と言っても、彼はフユを見ていたのであり、その他と言えば、せいぜいカルディナくらいだろうか。  そこでフユはふと気が付く。いつの間にか見慣れてしまっていたが、カルディナは女性の格好をしていたのだ。もしかしたらヘイゼルはフユが『女の子』と会っていると思ったのかもしれない。 (でも、カルディナは人間であって、バイオロイドじゃないんだけどな)  ヘイゼルは、フユの傍にいるバイオロイドをことごとく敵視しているようだ。フユが他のバイオロイドと『親しく』していれば、ショックを受けることもあるかもしれないが……  しかし、バイオロイドかそうでないかは髪の色を見ればわかる。カルディナのような金髪の――といっても、ウィッグだったが――バイオロイドなどいないのだ。 (人間の『女性』に嫉妬?)  まさか、とフユは心の中で否定した。  ふっとため息をついた後、フユは周りを見回してみた。地下街はどこも似たような景色であり、ここがどこなのかさっぱり分からない。  仕方なく、フユは近くにいる案内ロボットを探したのだが、それは程なく見つかった。 「バスターミナルへの道を教えて」  するとロボットが道順を提示する。フユはそれを情報端末に記憶させ、それを見ながら歩き始めた。  それにしてもヘイゼルのことが気がかりである。バイオロイドが学校から外へ出るには、出動命令がかかるか、さもなければペアのコンダクターもしくは生徒と同伴でなければならない。バイオロイドの行動には極めて厳しい制限がかけられているのだ。  もちろん、まだ正式なエイダーになっていないヘイゼルに出動命令が出ることはない。それにヘイゼルはトレーニングウェアを着ていた。 (無許可で学校を抜け出してきたんだろうな)  見つかったら、また懲罰を受けるのではないだろうか。そもそも、もうカルディナに見られている。  それを考えると、フユの気持ちはずんと重くなってしまった。 (カルディナに、黙っておいてもらうよう頼もうか)  フユは端末が示す道順に沿って歩き続けたが、頭の中はヘイゼルのことでいっぱいである。  しかし、しばらく歩いている内にふと、様子がおかしいことに気が付いた。 (ここ、さっき歩いたような)  地下街を、お母さんと娘だろうか、手をつなぎながらフユの横を歩きすぎていく。その向こうにある店の一つにどうも見覚えがあるのだ。  急いで情報端末を確認する。しかし、ナビはバスターミナルが目的地になっていて、おかしい点は見当たらない。 (まあ、似たようなお店も多いし)  気を取り直し、フユは歩き出すべく、顔を上げる。その視線の先に、人が立っていた。  いや、人間ではない。ヘイゼルと同じ灰色の髪の毛をしている。しかし、ヘイゼルよりも髪は短いし、背も低い。女性型バイオロイドだろうか。羽織っているマントで全身をくるんでいるため、はっきりとは分からない。マントは無地のダークブラウンのもので、フユはそのマントには見覚えが無かった。  そのバイオロイドが、どこか虚ろな目で、じっと動かず、フユを見つめている。 「何か、用ですか」  行く手に立ちふさがるような様子だったので、フユは彼女にそう尋ねた。  その言葉がスイッチになったのだろうか、バイオロイドの手がゆるりと動き、自分のマントに手を掛ける。  マントが左右にゆっくりと開かれた。彼女は何も身に着けていない。人間と同様の裸体がフユの目の前に曝される……  彼女が広げたマントの裏には、たくさんの小型爆弾がつるされていた。
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