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 フユたちの乗ったエアポーターは、火災現場から五百メートルほど離れた場所に着陸していた。  当初の予定では、もう少し近い場所に待機する予定だった。さほど大きな火災とは見られていなかったからだ。しかし今、その炎はオーロラはためく夜空へと立ち上がっている。 「大きいですが古い建物ですね。今では珍しくなった木造ですが、それにしても」  モニターに映し出されたデータを見ながら、ファランヴェールがそこで言葉を切る。 「炎が大きすぎる、か」  それを継いだエタンダールの言葉に、ファランヴェールは静かにうなずいた。 「どのみち我々は『傍観者』だ。現場の検証は、鎮火の後で治安当局が行うだろう。今から、情報分析および通信訓練を開始する。バイオロイドはファランヴェールに従い、現場から二百メートルのところで待機」  エタンダールの指示に、まずはエンゲージが、続いてコフィンがエアポーターの後方開口部から外へと出る。 「フユ、行ってくるね」  ヘイゼルはわざわざフユに体を寄せ、耳元にそうささやいた。少し不満げな表情を見せてはいるが、拒否する様子はない。  フユと離れるのは嫌だが、ファランヴェールがフユから離れるのは、悪いことではない――そう思っているのだろう。  フユは内心胸をなでおろしつつ、ヘイゼルに向け軽くうなずいてみせた。そしてエタンダールの方へと顔を向ける。 「教官、あの、ファランヴェールは」  フユのその言葉は、ヘイゼルの表情を険しいものに変えるものだった。もちろんフユにはそれが予見できたのだが、必要性と、そして少しばかりの『懲罰』の意味を込めて、ヘイゼルの前でわざと発してみせた。  ファランヴェールは今、「フユ付き」になっている。しかしヘイゼルの『嫉妬』のせいで、満足に圧縮暗号の訓練ができていない。ファランヴェールが外に出てしまうと、フユは満足に通信できない状態になってしまうのだ。  コンダクターの一番の役割である「バイオロイドの管理」において、それは致命的だ。 「今日は現場に入るわけではない。簡単な指示でも十分だろう。フユはヘイゼルのコントロールに集中しなさい」  外に出るために立ち上がっていたファランヴェールが、フユに近寄り、そう言いながら優しい表情をしてみせた。  どことなく愁いを帯びたままの、少し暗い赤い瞳。後ろで束ねた真っ白い髪が、首から肩口にかけて、さらっと広がる。 「でも」  ファランヴェールは確かに主席エイダーである。しかし、これまで一度も現場に出たことはないのだ。ファランヴェールにどれほどの知識とスキルがあったとしても、未経験という点では、ヘイゼルと何ら変わりはない。  それは彼を指揮すべきコンダクターがいなかったから、いや、ファランヴェール自身がそれを拒否してきたからである。  そのことは、フユがクエンレン教導学校に来た日にヘイゼルが口にしたことであったが、実際のところ、学校において教官はおろか生徒の間でも周知の事実であった。  現場に出たことのない主席様。理事長の腰巾着――ファランヴェールに向けられる視線は、生徒からのものも、バイオロイドからのものも、決して好意的ではない。それはフユにとって腹立たしいことではあったが、それ以上に今は、不安要素となっていた。  ファランヴェールにもフユの言いたいことが伝わったのだろう。 「確かに私は現場に出たことはないが、それはクエンレンでの話だ。フユもあの地下街で見ただろう。経験なら十二分に持っている」  そう言ってファランヴェールは微笑んだ。  ファランヴェールには、フユの知らない過去があるのだろう。それを聞きたいという衝動にかられたが、ファランヴェールがフユの肩へと伸ばした手をヘイゼルがはたく音が、それを消し去った。  フユははっとしてヘイゼルを見る。敵意、それ以上のものを宿し、ヘイゼルの黒い瞳がファランヴェールを睨みつけていた。
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