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「大げさだよ、フユ。懲罰房くらいじゃないの?」  慌てた様子のフユをよそに、ヘイゼルはフユの匂いが残るベッドにしがみ付いたまま、事も無げにそう答える。 「そんな訳ないだろ! 無断宿泊は良くて特待生取り消し。最悪なら退学なんだよ!」  体を隠すのも忘れ、フユは服を手に持ったまま頭を抱えた。  クエンレン教導学校は、近場に自宅のある生徒でも皆、生徒用のコンドミニアムに入居する全寮制の学校である。その分、風紀に関する規則は厳しい。  そもそもこの学校だけでなく、全てのコンダクター養成学校は、男子校か女子校であり、かつ男子校には男性型バイオロイドが、女性校には女性型バイオロイドが配置されるようになっている。  ネオアースにおいて『異性間』のペアは法律で禁止されているが、それはかつて『異性の』バイオロイドを性的玩具として扱う事件が多発したが故のことだった。  もちろん『同性の』バイオロイドとも性的行為は禁止されている。そのようなことが起こらないようにという意味で、バイオロイドが生徒のコンドミニアムに立ち入ることは厳しく制限されている。  故に、無断宿泊は最大限の罰則が課せられる行為なのだ。 「フユが何処に行っても、ボクはフユの傍にいるよ」  一糸まとわぬ姿のフユを、ヘイゼルがうっとりした目で見上げた。とたんにフユが手を元に戻し、顔を赤くしながら体を隠す。 「そ、そういう問題じゃない。僕はコンダクターになれなくなるんだよ!」  危機感のないヘイゼルの様子に、フユは天井を見上げる。そして、何か手立てはないかと、デスクの上の情報端末に取り付いた。 「と、とりあえず誰かに相談を」  と言っても、一体誰に、何を相談すればいいのか。  生徒の管理は生徒指導部が行っているが、生憎、相談できるような人物はいない。いやそもそも、生徒指導部にばれてしまってはそこでジ・エンドである。  後は、バイオロイド管理部だが……そこでフユは、ファランヴェールの顔を思い浮かべた。ファランヴェールはエイダー主席だが、クエンレン救助隊ではなく、バイオロイド管理部に所属している。  彼は事情を知っているだけに、『無罪』にはならないとしても、何か手立てを教えてくれるかもしれない。 「ファランヴェールに」  フユがその名前を口にした途端、ヘイゼルは眉をひそめた。ベッドから起き上がり、フユの背後に取り付く。 「なんであんな奴に」  窮地を助けてもらっても、ファランヴェールに対するヘイゼルの気持ちには全く変化が無いようだ。 「ヘイゼル、またそんなことを。彼がいなかったらあの時」 「ねえ、フユ。許可、出てるよ」  フユの言葉を途中で遮り、ヘイゼルがモニターを指さした。表示されている自分の情報ステータスを見て、フユは驚きの声を上げる。  フユとヘイゼルは既に次の訓練のペアになっていて、しかも宿泊許可も下りているのだ。 「うそ、ペア申請も承諾もされてる……なぜ?」  もちろん、フユにはそのようなことをした記憶がない。 「さあ」  ヘイゼルは肩をすくめ、そして興味を無くしたようにベッドへと戻った。 「でもこれで、ゆっくりできるよ」  両手を広げ、ヘイゼルがフユを誘う。 「僕は授業。ヘイゼルは訓練!」  しかしフユが睨みつけると、ヘイゼルは「つまんないの」と言って、今度はベッドにうつ伏せになった。 「ヘイゼル、服!」 「テラスに捨ててきた」  どうもヘイゼルはむくれているようだ。 「ああ、そうだった。僕が取ってくるよ」  フユはとりあえず持っていたパジャマを頭からかぶる。駄々をこねているヘイゼルは放置し、階段へと向かった。 「自分で行く」  ヘイゼルは、不機嫌さを山盛りにしたような声でそう言うと、ベッドから飛び起き、フユを追い越して階段をすたすたと登り始める。 「裸で外に出ちゃダメだよ」  フユは慌ててヘイゼルを止めたのだが、しかしそこでフユは、ヘイゼルの背中に青いあざがいくつもできていることに気が付いた。 「ヘイゼル、背中があざだらけだよ」  きっと、昨日、フユを庇った時にできたのだろう。そう思うとフユの胸が痛くなる。 「ほんと? 痛みはないのに」 「メンテナンスしないと駄目だよ」 「つまんないの」  頭の上に両手を乗せ、ヘイゼルがそう溜息をつく。ヘイゼルにとってメンテナンスとは、フユと会えなくなる時間でしかないようだ。 「ヘイゼル、ちゃんとメンテナンスしないと。僕を守ってくれるんだよね」  しかしフユにそう言われてしまうと、ヘイゼルには返す言葉がない。 「コピー」  そう言って微笑んで見せた。 「ありがとう、ヘイゼル」  あざだらけのヘイゼルの背中をフユがそっと抱きしめる。ヘイゼルにはそれがこの上なく嬉しかったのだろうか、フユがその後テラスから取ってきた服に素直に着替えた。  そして制服に着替えたフユと一緒にコンドミニアムを出ると、メンテナンスを受ける為、時折振り返り手を振りながらも、バイオロイド管理棟へと走っていった。 「それにしても、一体誰が……」  講義棟へと歩きながら、ふと疑問がフユの口から出る。しかし、考えられるのはファランヴェールしかいない。 (ファランヴェールに礼を言わなきゃな)  第一タームの試験はもうすぐそばまで来ている。入院中も自力で勉強していたとはいえ、フユの勉強の遅れは否めない。それでも学年で二位以内には入らなければならないのだ。 「問題は、実技だよな」  多少の不安は残るものの、フユはヘイゼルとの次の訓練を少し楽しみに思うのだった。

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