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「あること?」  ファランヴェールについていきながら、歩みを止めることなくフユが聞き返す。その言葉と、金属製の階段を下りていく甲高い足音が混ざり合い、壁に響いた。  階段は大きな螺旋を描いて急こう配で下へと降りていっている。そのカーブは極めて緩やかで、階段の先はかなり遠くまで見えている。  トンネルの幅は二人並べばいっぱいで、高さは五メートルほどだろうか。天井は完全なアーチではなく、少し先が尖ったもの――重力を分散させるためなのだろう、尖頭アーチ状になっていた。  材質が何なのかよく分からない壁は、ぼんやりと光っては薄暗くなり、また光るという脈動を繰り返している。 「フユは、バイオロイドたちの始祖となった五体のバイオロイド、第一世代と呼ばれる者たちのことは知っていますよね」 「うん」 「ディユ、ティア、クエル、レス、セル。それらは第二世代の、そして第三世代のバイオロイドの基礎となっています。でも、人間がネオアースに来た時、その宇宙船に乗っていた第一世代に、もう一体いたことは知らないでしょう」  ファランヴェールの言葉は、足音と混ざり合い、フユの脳をスリップしていった。 「もう一体?」  そんな話は、噂ですら聞いたことがない。 「ええ。第一世代は、六体いたのです」  ファランヴェールの歩みが心持ち速くなる。遅れないように、フユも速度を上げた。足音がさらに大きくなる。 「聞いたことない。本当かな」  別にフユの思いを代弁したわけではないだろうが、ヘイゼルが口をはさんだ。 「記録には残っていません。いや、残ってないのではなく、消されたのです」  ヘイゼルではなくフユに語り掛けるように、ファランヴェールが答える。 「誰に?」  フユが、尚も何かを言おうとしたヘイゼルより先にそう問いかける。 「他の第一世代たち、それに協力した人間、そして星間飛行中の人間たちの生命維持を行うために宇宙船に搭載された人工知能。それらに」  ファランヴェールの歩みがさらに速くなる。いや、もう『歩み』とは言えないような速さになっていた。坑道にも似た狭い空間の中を、下へ下へと走っていく。  それでも、ファランヴェールはフユがついてこられるぎりぎりの速さを見極めているようだ。 「なぜ」  プロテクターで運動能力が上がっていても、スタミナはフユ自身のものでしかない。随分鍛えてきたとはいえ、走りながらの問いかけはそういうだけで精いっぱいだった。 「『彼』が、第二世代のバイオロイドを作ることに反対したからです。地球と同じ過ちを繰り返すべきではない。作ってしまえば、このネオアースでもやがてバイオロイドが人間を駆逐するだろうと。そう彼は言っていました」  フユは、足音で消えがちなファランヴェールの話を聞き洩らさないように意識する。その分、何かを問い返す余裕がなくなった。 「まるで直接聞いたみたいだね」  ヘイゼルがイライラを隠さずに吐き捨てる。しかしファランヴェールはそれを無視した。 「最初にネオアースに着いた人間は一万人ほどです。皆、コールドスリープ状態で宇宙船に乗っていました。それを解除するのにかなりの時間がかかります。その時間を使って、起きてきた人間がすぐに生活を始められるようにするのが第一世代の最初の任務でした。マンパワーの確保のため、もうすでに最初の第二世代バイオロイド――第一世代のクローンたちは星間飛行中に作られ始めていました。『彼』はデータベース、培養器そして培養中のバイオロイド、その全てを破壊しようとしたのです」  ファランヴェールがそこまで言ったところで、とうとうヘイゼルのイライラが爆発した。 「だから、聞いた風に話すのはやめろよ!」  ヘイゼルが何にそこまで焦燥感を感じているのか、フユには分からない。それは『嫉妬』に似た何かだったのか、それとも、ヘイゼルが何かしら感じていた『予感』だったのか。  そのどちらにせよ、ヘイゼルが帰結した行動はただ一つだった。  瞬時にフユを追い越し、ファランヴェールへと飛び掛かる。しかし前を向いては知っていたはずのファランヴェールは、それを予期していたように体をいなし、ヘイゼルの腕をつかむと、その勢いを利用して、終わりの見えない下り階段の先へと放り投げた。  あまりに突然のことで、フユは自分の動きを止められない。そのフユを、ファランヴェールはフワッと抱き留め、勢いを殺すようにその場でくるりと回った。まるでフユと踊るように。 「ファル」  驚いたフユが、思わずそう口にする。ファランヴェールが一瞬ハッとした表情を見せたが、それをすぐに消し、そして悲しげに笑った。 「マスター」  ファランヴェールがフユの体を抱きしめる。 「そんな何百年も前のこと、誰も知らないような話を、ファルはなぜ知ってるの?」  フユも強くファランヴェールの体を抱きしめ返した。しばらくの抱擁。 「ファルは第二世代のバイオロイド。生まれて四十年ほどだよね。誰かにその話を聞いたの? それとも、記録を見た?」  ファランヴェールの耳元に尋ねる。先端が二又に分かれた耳。本当なら、もうそろそろ稼働限界が来るはずのバイオロイド。 「すみません、今まで嘘をついていました。皆に、自分に、そしてフユにも。私は、過去を知る存在。それゆえ、常にバイオロイド管理局に監視され、あるいは協力し、そしてあらゆる場所に出入りできる権限を持つ」  ファランヴェールがゆっくりとフユから体を離す。 「私は、第二世代のバイオロイドではありません」 「どう、いう。じゃ、じゃあ、ファルは、一体」  何者? いや、答えは出ている。第三世代でも、第二世代でもない、バイオロイド―― 「この先は、第三層。その先の第四層に、彼――『ゲルト』がいます。それを『封印』している人工知能の本体とともに」 「いる? ここに?」 「彼はネオアースにきてすぐ、『封印』されました。しかし、五十年ほど前、極めて大きな地震がこの地を襲いました。その時、その封印が解けてしまったのです。彼との戦いで、ここにあった宇宙船は崩壊し、今はその土台だけが彼を再封印した状態でこの地下に埋まっています。閉鎖区域とは、それのことです」  まるでおとぎ話。つまり、今フユがいるこの階段も、その宇宙船の名残なのだろうか。 「でも、ネオアースに最初の宇宙船が来たのは何百年も前だよね。その『ゲルト』はまだ生きているの?」  フユの問いかけに、ファランヴェールが目を閉じる。 「その寿命は人間よりもはるかに長く、いつ尽きるのか、誰にも分からない。超人的な能力を有し、悠久の歴史の裏で、ただひたすらに人間を護り続けてきた存在」  ふっと息をつき、そして再び目を開けた。 「それが我々、『第一世代』なのです、フユ」
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