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 ポーターの中は薄青白い闇で満たされていた。その闇に照らされ、フユとカルディナ、二人ともが同じように渋い表情でモニターを見つめている。  ガランダ・シティ内で爆発を伴う火災が三件。全て地上の建物で、ホテル、商業施設、そして映画館である。それらは互いに離れた位置にあるが、死傷者が出ているようだった。  しかしそれだけではない。郊外でも、三か所でビルが燃えている。シティのレスキューだけでなく、他の教導学校所属の隊も出られるだけ出ているようだが、それでも手が足りなくなっている。ある程度の状況はフユも想定していたのだが、しかし実際ははるかに深刻なようであった。 『我々はクエンレン救助隊に付随してビル火災現場の救助の補助を行う』  ケルビン・エタンダール教官の鋭い声がスピーカーから響いた。モニター上の地図に六つの地点が光点で示されているが、そのうちの一つ、最もクエンレン教導学校に近い場所のものが他のものより大きく光っていた。  クエンレンの救助隊の内の一部隊は最も被害が大きいとみられているシティ内のホテルへと出動している。フユたちが向かう現場にはもう一つの部隊が向かっているが、シティの救助隊の応援がないため、フユたちに手伝わせようということらしい。 『解放戦線が犯行予告を出していた。治安警察が警戒していたが、防げなかったらしい。まだこの後も事件が起こる可能性がある』  フユはそっとファランヴェールの方を見た。そしてその紅い瞳と視線が合う。ファランヴェールは僅かに瞼を動かしたが、フユにはそれが『何も聞いていない』という返事だと分かった。 『我々の任務は主に現場周辺の警戒だ。あと、負傷者の搬送も行う。警戒はエンゲージをリーダーにラウレと後から来るヘイゼル、搬送はファランヴェールをリーダーにコフィンとレイリスが担当しろ。現場での細かい判断はコンダクターの仕事だ。迷うようなら私に聞け。到着は三分後。着陸次第すぐに任務に移る。以上』  エタンダールの言葉に、「コピー」という返事がフユとカルディナの口から発せられた。  壁のスクリーンには外の景色が映し出されている。バックには紺色の夜空をオーロラが様々な色に染め上げているのが見える。それはつまり、宇宙から――主に恒星ロスからなのだが――降り注ぐ宇宙線が多いことを示している。  フユは、ヘッドセットを装着し、活動着の上に着ていたムーンストーン色のマントコートのフードをその上から被った。  ヘイゼルがいない。フユに危険が迫るとそれにいち早く気づいてくれる、そのヘイゼルが傍にいないということがこんなにも自分を不安にさせるのか――フユは改めてそのことを感じてしまう。 『大丈夫、私がいます、マスター』  ふと、フユのヘッドセットから機械音声が聞こえた。ファランヴェールがフユをまっすぐに見つめている。きっと、自分の顔が緊張で固まっているのだろうとフユは内心苦笑いをした。 『マスターはポーターの中でモニタリングしているだけでいいのですよ』  ファランヴェールの表情は、いつもフユに見せる優しげなものではなく、いやむしろ威厳と尊厳に満ちたエイダー主席としての表情だ。ヘッドセットから聞こえるものはファランヴェールの生の声ではなかったが、それでもフユの中から無意識の緊張が消えていく。 『頼りにしてるよ、ファル』  必要のないことであったが、フユはあえてファランヴェールの名を圧縮暗号に乗せた。 『イエス、マスター』  再びヘッドセットに機械音声が響く。ファランヴェールが少しだけその顔に笑みを浮かべた。
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