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 それは、この世の可笑しさをすべて集めたかのような、甲高い笑いだった。コントロールルームの中に、ただ、クレアの笑い声が響く。  ひとしきり笑った後、クレアは突然笑いを切った。 「らしい、らしいわ。人間のことなんかこれっぽっちも考えてない。本当に、父親そっくり。でもね、もうそれは無理よ。賽は投げられている。そんなこと、誰も認めない」  と、モニターに映っていた建物に新たな爆発が起こる。音声はない。その光が、クレアのゴーグルに反射し、そして消えた。 「アナタ一人で、何ができるっていうの? ゲルトを解放しない限りワタシはアナタには協力しない。ファランヴェールを当てにしてるならやめときなさい。ミグランを死なせてからというもの、ファランヴェールは『抜け殻』よ。以前のような力はない。カグヤも今はムイアンに抑えられていて、自由に行動できないでいる。人工知能が『姉妹喧嘩』しているのよ、笑っちゃうわね」  何を言われても、カグヤ・コートライトはただ目をつむり、佇んでいる。まるで自分は当事者ではない、ただの傍観者だとでもいうように。 「きっと、道はあるはずです」 「希望的観測、ね。それは科学者の態度ではない」 「じゃあ、言葉を変えます。何とかします。道を、探します。バイオロイドと人間が手を取り合う道を。たとえそれが、通れそうもない狭い道であったとしても」  そもそもそんな道があるのか、もちろんフユには分からない。しかし、道なき道を探すのもまた科学ではないだろうか。 「そう、そうなの。それがアナタの選択ね。別にワタシはそれでもいいのよ。『次』を待つから。今更、待つ時間が何十年延びようと、問題ないわ。でも」  クレアの車いすが、ヒューっと音を立てて床を滑る。フユたちと離れるように、フユたちに体を向けたまま、反対側の壁に開いた出入り口まで後退した。 「その為には、フユ・リオンディ、アナタには『次』を作ってもらわないと面倒なの」  二体いた赤毛のバイオロイドのうちの一体が、クレアの傍につく。もう一体は、ルームの中央に立ったままだ。 「そのバイオロイド、邪魔だわ」  クレアのゴーグルがヘイゼルを見据える。次の瞬間、赤毛のバイオロイドが動いた。  フユにはその動きは見えなかっただろう。しかしヘイゼルにも、そしてファランヴェールにもそのバイオロイドの意図が伝わった。  フユではない。ヘイゼルを狙っている。  ヘイゼルが、フユを突き飛ばすように離れ、同時にその攻撃を避ける。ファランヴェールはそのフユを抱いて、後ろへと飛びずさった。 「な、何をするんです」  ファランヴェールに抱きかかえられながら、フユがクレアに抗議の声を上げる。 「放っておいても、やがてそのバイオロイドは『処分』される……かもしれないわね。でも、確実にそうする必要があるの。それがいては、アナタ、子孫を残せないでしょ? だから、今、ここで、処分するのよ」  再び赤毛のバイオロイドがヘイゼルにつかみかかる。ヘイゼルはそれを迎え撃つように蹴りの態勢をとったが、すんでのところでそれを止め、体をくねらせるように、相手の手から逃れた。 「ヘイゼル?」  明らかにヘイゼルの動きがおかしい。それに気づき、フユが声をかける。 「ほんとにそうなのね、驚いた。ラウレの能力をすぐに見抜いたって聞いてたけど、この目で見ても信じられない。一体アキトはどういう感覚をそのバイオロイドに持たせたのかしら」  クレアが感嘆の声を上げた。そこには、これまでのクレアとは違う、純粋なまでの科学者としての好奇心が顔をのぞかせている。 「ラウレの……それって」 「バイオロイドの前頭葉を、まさに『破壊』する能力よ。その時にさっさと『破壊』しといてくれればよかったのに、まったく、使えないバイオロイドだわ。でもその子はね、あんな出来損ないとは違うのよ」  赤毛のバイオロイドの鋭い視線がヘイゼルを射抜く。ラウレはただ笑いながら立っていた。しかし、このバイオロイドは違う。ゆっくりと、しかし確実にヘイゼルとの間合いを詰めている。 「ファル、ヘイゼルを」 「できません」  助けて――という言葉が、ファランヴェールの即答にかき消された。 「なぜ」 「私はマスターの傍からは離れません」 「ファル!」 「次こそは必ず、マスターを守る。他のすべてを捨てても。あの日、私は、そう誓ったのです」  ファランヴェールがフユを強く抱きしめる。 「ヘイゼル、逃げて!」 「いやだ!」  フユの言葉に、ヘイゼルも即答した。  ヘイゼルが赤毛のバイオロイドを指さす。 「こいつぶっ倒して」  そして次に、クレアを指さした。 「あいつにフユの言うこと聞かせる」 「だめだ、ヘイゼル」  フユの言葉は、目の前の『敵』へと襲い掛かるヘイゼルの雄たけびにかき消された。
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