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 結局フユは、山頂に着くまでに何度も休憩を挟まねばならなかった。その都度、ヘイゼルはフユの傍へと戻ってくる。そして先に進むようフユが命令し、ヘイゼルが散々ごねた後で、しぶしぶ命令に従うということが繰り返された。  山頂に到着してすぐ、フユは肩で息をしながらも、時計を確認する。スタートしてから既に三〇分が経っていた。一番遅かった他の生徒よりも、さらに一〇分近く掛かってしまっている。 「急ごう、ヘイゼル。始まってしまう」   生徒たちは『かくれんぼ』の準備のため、もう山を下ってしまっていて、山頂には誰もいない。フユたちも動き出す必要があった。 「フユ、少し休まないと」  ヘイゼルがフユの肩に手を置こうと腕を伸ばしたが、フユがそれをはねのけてしまう。ハッとした表情で、ヘイゼルの顔が固まってしまった。 「ヘイゼル、ここからは『かくれんぼ』だ。一回目は、僕は隠れながら休んでおくから、心配しなくて大丈夫。君はまず尾根伝いにE2に向かって。そこからA2周りでA5へ。僕はそのあたりにいておく」  フユが、ゴーグルディスプレイに映る地図を見ながら、ヘイゼルに指示をする。  A5地点は、この山頂から北へ山を下りた中腹辺りである。今のフユでも、すぐに到着できる場所だった。 「地図、分かるよね」  フユがそう念押しをするが、ヘイゼルは虚ろな目をしたまま、黙り込んでいる。 「ヘイゼル」  フユに呼ばれ、ヘイゼルは一瞬大きく体を震わせた。 「で、でも」  眉を中央に寄せ、ヘイゼルがフユを見る。 「でも、じゃない。返事は『コピー』だよ。分かったかい」  諭すように、でもどこか冷たい声で、フユが言い放つ。ヘイゼルはしばらくの沈黙の後、小さな声で「コピー」とつぶやいた。  と、上空に信号弾が上がる。訓練開始の合図だ。 「さあ、行って」  フユがヘイゼルを急かす。チラチラと後ろを振り返りながら、ヘイゼルはもう一つの山に向け、走り去っていった。  それを確認し、フユはヘイゼルが向かった方向とは逆の方向へと山を下り出す。さすがに登りより体力の消耗は少なそうで、プロテクターの力を借りながら、フユはいくつかの岩を飛び降り、木々の間を縫いながら、A5地点へと向かった。 (それにしても)  その途中、フユはヘイゼルの様子を振り返り、気が重くなると同時に、余りの不可解さに首をひねってしまった。  体力の無いフユをヘイゼルが気遣う。それは確かに、一見優しさにあふれた行為のように見える。ヘイゼルが自分を思う気持ちは痛いほど分かる。もちろん、それを嬉しく思ってもいる。  しかし、ヘイゼルがそのようにふるまうのは、明らかにおかしいのだ。バイオロイドは本来そのようには作られていないのだから。  バイオロイドは、己の生命より人間の生存を優先させる。だがそれ以上に、『指揮者』の命令には絶対的に服従するよう、遺伝子に刻み込まれている。  それは、人命救助を行う上で、バイオロイドが勝手なことをしないようにするが故のことである。  時には、コンダクターを見捨ててでも、救助を待つ人を助けなければならない。救助現場において、コンダクターとエイダーの命は誰よりも軽いのだ。それがエイダーで構成される救助隊の『鉄の掟』だった。  入院中に繰り返し読んだバイオロイドに関するテキストや文献。それらには、バイオロイドとはそのように作られているとあった。 (でもヘイゼルは、僕の命令より、僕の命を優先していた)  フユが気になったのはそこである。フユが入院中に独学で学んでいた『バイオロイド』という存在の性質と、ヘイゼルは明らかに違っている。それは喜ぶような状態ではない。バイオロイドとしては『欠陥品』なのだ。 (もしかして実際は、ヘイゼルのように振舞うバイオロイドも多いのかな)  スペックはあくまでスペック。バイオロイドにもいろいろな性格があるのかもしれない。しかしそれを確かめるには、他のバイオロイドたちをよく知る必要がある……  フユの頭の中に、様々な可能性が浮かんでは消えていく。それらを振り払うように、フユは頭を軽く振った。今はそれどころではない。  捜索訓練は一時間を一セットとして、何セットか連続で行われる。とりあえず、バイオロイドたちに見つからない場所に身をひそめ、体力を回復させなければならない。  もう、バイオロイドたちは探索を開始している。斜面の中腹に丁度くぼ地になっている場所を見つけ、フユはそこに身を寄せた。

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