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「朝は食べたの?」  追いついてたカルディナに、フユはそう声をかけた。そのまま二人並んで講義棟の方へと歩き出す。 「ああ、コフィンと一緒にな」  それはつまり、『コフィンがお泊りをした』ということなのだろうが、同時に、『ラウレはいなかった』ということも意味しているのだろう。 「お前は」 「ファランヴェールと一緒にね」 「そうか」  一限目の授業が始まる時間にはまだ早い。救助隊の隊長に会うために早めに出るファランヴェールに合わせて、フユは早めに出てきたのだが…… 「何か用があるの」 「別に、大したことじゃない」 「理事長に直談判したんだってね。ほんとにするとは思わなかったよ」 「アレの世話はもうごめんだからな」  もちろん、カルディナの言う『アレ』とはラウレのことである。 「どうなるかの決定は保留されたって聞いたよ」 「ファランヴェールにか。話が筒抜けだな」 「別に、隠すことじゃないと思うけど」 「まあな。『引き取り手』が見つかるまでは、形式上、今のままでって話だ」 「そう」 「まだお前には話が来てないのか」  フユは、カルディナが自分にラウレを引き受けるよう言っていたことを思い出した。 「何の?」  しかしそれをとぼけて見せる。 「ラウレの、だ。お前が引き受ければいい」 「理事長にそれも言ったの?」 「いや、そこまでは言ってない」 「僕にはもう、ヘイゼルとファランヴェールがいる。今、三人目はさすがに難しいよ」 「ヘイゼルがあのままだったらどうする」  その言葉に、思わずフユはカルディナの顔を見た。その表情は真剣なものである。朝の軽い会話、というものではなさそうだ。 「目覚めるまで、待ち続けるよ」  考えるまでもない。フユはすぐにそう答えた。 「随分な仲だな。でもフユ、ヘイゼルだけに入れ込むのはどうなんだ。どれだけ意思を持ってようが、バイオロイドは『道具』だ。しかもエイダー候補というのなら、それは人命救助を目的としたもの。確かに、面と向かって口にしたのは悪かったが、ラウレが『不良品』であるという考えを変える気はない。ことは人命にかかわる」  バイオロイドは道具である――学校で繰り返し教えられていることだった。そこに私情をはさめば、現場でのとっさの判断に迷いが生じる。バイオロイドを『人間扱い』することは、コンダクターにとっては『危険な思想』なのだ。 「カルディナの言いたいことは分かる。でも僕も、君をぶったことを謝るつもりはないよ」 「別にお前に謝ってもらおうなんて思っちゃいないさ。それよりフユ、ヘイゼルはエイダーに適しているのか?」  再びの問いかけに、しかし今度はすぐに答えることが出来なかった。フユはしばらく考えた後、「分からない」とだけ答える。 「優秀なエイダーを見抜き、育てるのもコンダクターの役目だ。俺たちは別に慈善活動をしてるんじゃない」 「それは分かってる」 「ならいい」  そう言ってカルディナは、前を向いた。カルディナとしても、これ以上踏み込むつもりはないのだろう。  早い時間ではあったが、行きかう生徒は意外に多い。彼らの多くは、朝食のために学生食堂へ行くのだろう。  このまま講義棟へ行っても、授業開始までに一時間以上待つ羽目になりそうである。  カルディナを誘ってカフェにでも行くかと考えてはみるが、カルディナはきっと何か用があって早く出てきたに違いない。フユに用事があったというのなら、教室でいつでも会えるわけであり、わざわざ早く出てくる必要はないのだ。  どうしたものかと考えを巡らしていたところに、フユは後ろから声をかけられた。 「あー、もし、リオンディ君」  生徒とは違う大人の、しかし軽薄な印象の声。フユが立ち止まり、振り返る。そこに、カーキ色のトレンチコートを着た男が立っていた。同じ色の帽子の下には間の抜けた顔が浮かんでいる。 「貴方は、確か、カーミットさん」  フユがそう応じると、男は、口の端を軽くゆがめて見せた。
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