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 眩しさを感じ、瞼を開ける。目に飛び込んできたのは、煌々と光を放つ白い壁だった。  それが天井であることに気づく。硬く冷たい床は、それが何かの金属でできていることを教えてくれている。体を起こそうとして、フユは鋭い頭痛を感じた。 「いたっ」  思わず声が漏れる。一瞬閉じた目をまたゆっくりと開く。周りを見渡し、ここが天井だけでなく床も四方の壁も真っ白な部屋だと認識した。  窓も扉もない。壁も天井も味気のない正方形のパネルが何枚も敷き詰められているもので、そのつなぎ目が幾何学的な格子を作っている以外、特筆すべき個所はない。  しかしその中に一つだけ、曲線を描くシルエットが浮かんでいる。いや、浮かんでいるように見えたのは、それだけが白くない物体であったからだ。  部屋の隅、銀色に輝く長い髪が重力に身をゆだねるようにまっすぐ下へと流れている。その身にまとうものは、クエンレン教導学校のマントコートと同じ、ムーンストーン色のものだが、その細い体を緩やかに覆っているローブはどこにも縫い目がない。  どこかで見たような――映像で見た、何かの教会で神に仕える女性が着ていたもの。フユは漠然とそう思いだした。  しかし布で覆われているのは首から下だけで、銀色の長い髪――光あふれる部屋の中だからそう見えるのかもしれず、光の薄いところで見ればきっと、以前のヘイゼルの髪の色を思い出すだろう――の下には、部屋を満たす白色に溶けるような白く細い顔が表情もなくたたずんでいる。  一瞬、フユはそれが何かの人形、カルディナのお姉さんの店で見た白い光沢を放つマネキンに見えた。  目は閉じられていて、その細く切り流れる長いまつ毛と、硬く結んだ少し紫がかった薄い唇だけが、顔という白いカンバスの上に引かれた色である。  背筋をまっすぐに正し、足をそろえ、両手を膝の上に置いたその姿は、知的とも神秘的ともとれるが、どこかしら生命を感じさせない何かを纏っていた。年齢は分からないが、その顔には皺ひとつない。それがそういった印象をフユに持たせた原因のようだ。  一体、ここはどこなのか。なぜ、この女性はここにいるのか。  フユがゆっくりと起き上がる。女性の顔はまっすぐに向けられていて、ほぼ部屋の対角に倒れていたフユの方へと向く様子はない。  頭痛以外、特に体に異常がなさそうであることを確認すると、フユはゆっくりとその女性の方へと近づいた。 「気が付いたのですね」  突然、ちょうどフユが部屋の真ん中に差し掛かった時、その女性が声を発した。高くはあるが透き通るような凛とした声。その奥にどこか威厳を感じさせる響きがあった。  フユは思わず驚いたが、それはその女性が実際のところ人形であるように思えていたからだ。 「驚かずとも良いのですよ」  まるでフユの心の中を見透かしたようだった。しかし彼女は目をつむったままである。そのことにフユはさらに驚いた。 「あ、あの、貴女、誰ですか」 「誰? 誰、とは如何なるものでしょうか。貴方が知りたいものは、私の名前でしょうか。しかしながら、たとえ私が名前を名乗ったとしても、貴方にはそれが誰のことを指しているのか、きっとお分かりにはならないでしょう」  きわめて丁寧で、なおかつ上品な物言いではある。が、随分と堅苦しいものでありそれが違和感を感じさせた。 「分かるか分からないかは聞いてみないことには判断できません。なのに貴女は僕が貴女のことを知らないと言う。それは貴女が僕のことを知っていなければ言えることじゃないと思います」  不思議とフユには警戒心というものが湧いて来ない。だからだろうか、フユは心の中に感じたままのことを相手に告げた。  女性がゆっくりとフユの方へと向いた。しかし目は閉じたままである。 「そうですね、その通りです。貴方はとても賢い」  そして口元に僅かな笑みを浮かべた。 「お父様にとてもよく似ています。フユ・リオンディ」
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