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「お前、一体何をした」  そう言ってラウレを見るカルディナの目は、しかし、見せられたシーンに対する驚きや、賭けに負けたという口惜しさや焦りのようなものではない。  出された結果に対する探究心――まるで手品の種を教えろとねだる純真な少年の目だった。 「見ての通り、何もしなかった。ただ、それだけだねぇ」  ラウレは、そのカルディナの様子を興味津々に見ながらも、ふふんと鼻を鳴らし、顔をわずかに横にそむけた。 「そうか」  その答えを聞いたカルディナは、少し考えるそぶりを見せると、見学スペースの壁に手をかける。 「何をしているのだね、カルディナ君」 「何って、約束だ。お前に跪いてやろう」  そう言ってカルディナが壁に上がり、それを跨いだ。フユがそれを止めようとしたが、カルディナは構わず壁を乗り越え、そしてラウレの前で身をかがめる。 「待ちたまえ、待ちたまえ」  それを見たラウレが、少し慌てた様子でカルディナを押しとどめた。 「なんだ」 「聞きたくは無いのかい。この僕が何をしたのかを」  そのラウレの言葉を、カルディナが鼻で笑った。 「別に。聞かせたいのなら聞いてやる。ただし、それをお前の『要求』とみなす」  カルディナの答えに、ラウレが顔をしかめる。 「冗談だろぉ。聞かれても教える気はないねぇ」 「なら、もういいだろ」  そう言ってまたカルディナが身をかがめようとして、再びラウレがそれを止めた。 「本当に跪くつもりなのかい。君には、プライドというものはないのかね」 「賭けはお前の勝ちだ。約束は守る。それが俺のプライドだ」  カルディナは表情も変えずに――淡々と、ただ淡々とそう答える。ラウレはそれを見て、こめかみに指をあて、「全く、信じられないな」と呟きながら軽く頭を振った。  訓練場のバイオロイドたちも、そして見学スペースにいた生徒たちも、一体何事かとカルディナたちに視線を向けている。  それを切り裂くように、指導教官の「ロータス、訓練の邪魔だ。見学スペースに戻れ」という声が飛ぶ。それをちらとラウレが見て、またカルディナに視線を戻した。 「気が変わったよ、ロータス君。こうしようじゃないか。この僕を、君の正式なエイダーにしたまえ。ただし、一切の命令はしないという条件で、だがねぇ」  ラウレは、何とかしてカルディナを困らせようとしている――このやりとりを少し心配そうな目で見ていたフユは、再び愉快そうな表情に戻ったラウレを見て、そう感じた。  それを聞いたカルディナが、少し意外そうな顔をする。そして少し考えた後、教官に向けて声をかけた。  キャスパー・クエル・ベローチェと――それは、新しく入ってきたクレル・タイプのバイオロイドの中で一番性能がよさそうに見えたバイオロイドだった――ラウレを戦わせてくれ、と。  そしてさらにそのベローチェに、「ラウレに勝てば、お前に共同訓練を申し込もう。もちろん、『ペア』にするという前提でだ」と声をかけた。 「待ちたまえ。約束が違うじゃないか」  すぐさまラウレが抗議の声を上げる。 「『正式なエイダーにする』『一切の命令はしない』、お前は俺に二つのことを要求した。聞くのは一つだけだ。二つとも聞いてほしいなら、もう一戦しろ。そして勝て。でなければ、最初の約束通り、お前に跪くだけで終わりにする。さあ、どうする」  カルディナの言葉に、ラウレがクックッと声を漏らすように笑った。 「いやはや、なかなかと君は面白いねぇ。気は乗らないが、まあいいだろう」  そういうとラウレはコートの方へ体を向けた。 「引き分けではだめだぞ」  その背中に、カルディナが声をかける。ラウレは顔だけで振り返り、「どうなっても、知らないよ」と妖しげに笑った。  カルディナの要望は教官と対戦相手になるベローチェ、双方の同意によって叶えられた。ラウレがゆっくりとコートに入り、ベローチェと向き合う。カルディナは壁を上り、見学スペースへと戻った。 「ねえ、ヘイゼル。結局、なぜラウレを攻撃しなかったんだい」  フユが、見学席を離れようとしたヘイゼルに尋ねる。 「したら、反対にやられそうな気がしたから」  ヘイゼルはそう答えると、フユに手を振り、戻っていった。 「どういうことだ」 「さあ」  カルディナの問いかけにフユが肩をすくめる。コートで、開始の合図がなされた。  ベローチェが、相変わらず手を後ろに回したままのラウレに向けて動き出す。それはヘイゼルにも負けず劣らずのスピードであり、ヘイゼルと唯一違ったのは、ベローチェはさらに一歩踏み込み、躊躇いもなくラウレに向けて蹴りを放ったことだった。  一体何が起こったのか。きっと、その場にいたものすべてが――唯一、エンゲージだけは何が起こるかを知っていた――理解できなかったに違いない。  気づけば、倒れていたのはベローチェの方であった。頭を抱え、意味の分からない喚き声を上げながら、床の上をのたうち回っている。  教官が近寄ろうとして、しかしすぐに断念した。暴れているバイオロイドに生身の人間が近づくのは自殺行為である。結果、エンゲージを含めた何体かのバイオロイドがベローチェを取り押さえたのだが、暴れるのをやめなかったため、最終的には鎮静剤が使われ、ぐったりとなったベローチェはそのまま医務室へと運ばれることとなった。  その間にラウレが、わざわざカルディナのそばまで歩いてきた。驚きの目で見つめているカルディナに対し、絡みつくような視線を向けると、「どうなっても知らないよと、警告したんだがねぇ」と呟く。そして、さも愉快だと言わんばかりにククッと喉を鳴らした。
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