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 大きなシャンデリアが天井からつり下がっている。フユ・リオンディは、父親と母親が見知らぬ大人たちと話をしている間、ホテルのロビーにいくつも置いてあるソファの一つに座り、それを見上げていた。  シャンデリアは眩しいほどに煌めく光を放っていたが、フユはそれを好きになれそうにない。黄昏の空を彩るオーロラの光とは全く違う。地球からやってきた人々にとってオーロラは随分と珍しいもののようだが、この星ではそうでは無い。だから、その珍しさは長くは続かないようで、誰もがすぐに見飽きてしまい、いつの間にか空を見上げることが無くなってしまうのが普通だ。  しかしフユは、生まれてからこれまでの十五年間、ずっとこの星で暮らしているが、オーロラを見飽きたと思ったことは一度もなかった。一秒として同じ姿をしていることがない。今でもよく一人で空を見上げることが多く、その都度、一緒にいる人に不思議がられている。 『自然の生み出す光の方がきれいなのにな』  そう思った後、フユはもうシャンデリアに興味を示さなくなってしまった。  いつも研究で忙しく、家にいることがほとんどない父親が、珍しく母親とフユを連れてきたのがこのホテルだった。父親はレセプションパーティがどうのと言っていたが、フユにとってはそれはどうでもいいことだった。父親とどこかに出かけられるだけで嬉しい。それだけに、父親が誰かと話をし、自分を放置していることが少し寂しく思えた。会話はまだ続いている。早く終わらないかと思ったその時、ホテルのエントランスで誰かが叫ぶ低く鋭い声が聞こえた。  何気なくそちらを見てみる。フユの目に、警備員を振り切り、ホテルのロビーへと駆け込んできた小さな人影が映った。屈強な男が二人、それを取り押さえようとしたが、その手をかいくぐるように高く跳ぶ。そして灰色の長い髪をなびかせ、舞うように着地した。  髪と同じ色のマントコートを翻す姿は女の子のようだ。その子は、遠目にも分かるほどに切羽詰まった表情で、フユの方へと駆け寄ってくる。 『この子はなぜ、こんなにも優雅に動くのだろう』  その人物は明らかにフユを目指して走ってきている。自分を目的として何をしようとしているのか。本来はそう思うべきはずの事態にも、フユはただただその動きに見とれていた。  時間にすればほんの一瞬だっただろうか。人間とは思えぬ速さでフユの目の前に来ると、その人物がフユの方へと手を伸ばす。フユにはその動作が、かつて見たことのある映画のワンシーンのように見えた。 「ヘイゼル!」  誰かの叫び声が響く。フユにはそれが父親のものだとすぐに分かったが、しかしその内容が分からない。そしてそれが、フユが耳にした父親の最期の言葉となった。  えぐるような爆音がフユ・リオンディの鼓膜を突き抜けた。それと同時に、フユの世界から音が消える。  ホテルのロビーにあったものは、それが生物であれ非生物であれ、区別なく爆風とそれに伴う飛散物により破壊され、吹き飛ばされた。それがまた別の物体に衝突し、破壊が連鎖する。フユの両親もまた、フユの目の前で爆風で吹き飛ばされ、被破壊物のリストに載ってしまった。  瞬きもできぬほどの一瞬でしかなかったはずだ。しかしそのシーンは、まるでスローモーションの無声映画のように、フユの記憶の中に刻み込まれる。  爆風は、まだ十代半ばの少年にすぎないフユの小さな体をも巻き込むはずだった。しかしその魔の手がフユを襲う直前、小さな体がフユを抱きかかえ、身を挺して爆風から守ってくれた。  殺意に満ちた嵐が収まった後、煙の立ち込める中で見たその者の顔を、フユが忘れることは一生無いだろう。灰色の長い髪は荒ぶる風にくしゃくしゃにされ、陶器のような白い顔は煤で汚れていた。薄い唇は何かを我慢しているようにきゅっと固く結ばれていたが、こめかみから伝う青い液体が唇を薄紫色に染めている。細い眉の下で、吸い込まれるような漆黒の瞳が、何かを訴えるようにフユをじっと見つめていた。  自分とそう歳が変わらないような少女が、なぜ自分を守ってくれたのか、フユには分からなかった。いや、あの爆風の中でなぜ平気でいられたのかを疑問に思うべきだったのかもしれない。  しかし、フユにはその猶予は与えられなかった。その後すぐに襲ってきた下半身の痛みに気を失ってしまったからであり、次にフユが目を覚ましたのは病院のベッドだった。  耳は聞こえなくなっていた。フユは、数日経ってようやく、両親が死んだこと、自分を助けてくれたのは『バイオロイド』と呼ばれる人造人間だったこと、そしてその者は『彼女』ではなく『彼』だったことを知った。

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