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 ファランヴェールがその名を言い直さなければ、あるいは気づくこともなかったかもしれない。  その余りに余所余所しい様子が、フユにあることを思い出させてしまった。  ファランヴェールについて、フユはそれほど詳しく知っているわけではない。いくつかの話を聞いてもなお、ファランヴェールの過去についてあえて聞くことはしてこなかった。  なぜ?  分からない。  知るのが怖かったのか、それとも、ファランヴェールから話すのを待っていたのか。そのどちらなのかは、フユは自分でも分からない。 「ファル、大丈夫?」 「はい、マスター」    一つ言えることといえば、少なくともフユのほうからそれを尋ねる気にはなれないということだった。 「足手まといになるなら帰りなよ」  フユには「帰ろう」と言いながら、ヘイゼルはファランヴェールに平然とそう言い放った。 「ヘイゼル、そんな口きかない。足手まといになってるのはヘイゼルの方だよ」  フユの指摘に、ヘイゼルは顔を真っ赤にして――今は肌が灰色であるのと、そもそもバイオロイドの血液は紫色であるがゆえに、実際には赤くはならないのだが――抗議し始めた。  フユがそれを押しとどめる。 「そういや、ヘイゼル。クレア博士の三体目のバイオロイド。なぜ彼にはとびかからなかった?」  ヘイゼルがそうしていれば、事態がもっと混沌としたはずであり、良かったことではある。 「なんか、嫌な感じがした」  ヘイゼルが両の眉を真ん中に寄せる。 「相変わらず、ヘイゼルの話は分かりやすい」 「『嫌な感じ』としか言えないから、しかたないよ。ラウレみたいだった」  ヘイゼルの口からラウレの名前が突然出てきたことに、フユは少し首をひねる。 「ラウレ? 見た目も性格も全然違うように見えたけど」  そこまで言って、フユはふと気が付く。ヘイゼルはきっとその『能力』のことを言っているのだろう。 「ファルはどう思った?」  そう話を振ってみる。するとファランヴェールはふっと息を吐いた。 「詳しい能力は分かりません。しかし、クレア博士が作るバイオロイドは特殊な能力を持っているものが多く、それらは得てして、対バイオロイド用の能力になっています」  つまり、ヘイゼルが感じたのは、ラウレが見せたような『バイオロイドを使い物にならなくする』ような能力ということだろうか。 「クレア博士は、対バイオロイド用のバイオロイドを作ってる。彼女が言っていた『復讐』と関係あるのかな」  それが向けられている対象が自分の父親である可能性が高く――父のいない今、それはフユ自身に向けられているのだろうか。ヘイゼルはそんな『敵意』を感じたのだろう。  でも、何のために?  犯罪を犯すバイオロイドに対抗しようというのだろうか。そもそも、バイオロイドは人間への服従本能がDNAに刻み込まれている。バイオロイドによる自発的な犯罪は起こりえないのだ。  父が作っていた――もしくは作ろうとしていた――バイオロイドに対抗するため、なのだろうか?  今は『バイオロイド解放戦線』によるであろう、バイオロイドを使ったテロが起こっているから、クレア博士のやっていることは有意義になっている。  しかしそもそも、例えばエンゲージの能力が唯一のものであるのは、その能力をバイオロイドに持たせる必要がなかったからである。  バイオロイド解放戦線がバイオロイドを使ってテロを行うようになったのはここ最近のこと――確認されている一番最初は、まさに、フユの両親が死んだシャンティホテル爆破事件なのだ。 「お父さんがいなくなって、クレア博士はこれから一体何のためにバイオロイドを作るんだろうね」  フユは無意識にヘイゼルの頭をなでた。もしかしたら、クレアの『復讐』はヘイゼルにも向けられているのかもしれない。 「何、突然」  ヘイゼルがけげんな表情を見せるが、なでられていること自体にはご満悦のようである。 「彼女の復讐は、マスターの父上だけに向けられているのではありません。もっと大きな」  ファランヴェールが横からそんなことを口にした。 「ファル、やっぱりクレア博士のこと、知ってるんだよね」  聞きたかったこと。図らずも、ファランヴェールの方から切っ掛けを口にしてきた。  やはり今、聞くべきなのだろう―― 「地下第四層の封鎖された区画に案内します。その道すがら、お話ししましょう」  ファランヴェールはそう言うと、フユの先に立って歩き始めた。
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