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 三セット目、開始から五分もしないうちに、フユのインカムに信号が入る。ヘイゼルが誰かを発見したのだ。  場所はA3。これは二人が別れた場所からA5へと行く道から外れていた。 (やっぱり)  これはフユの想定内と言える。そして、発見された生徒名がクールーンでもカルディナでも無いのを確認すると、フユは発見の報告をするのを止めた。  そのまま、近くの岩陰に身を隠す。  ヘイゼルがなぜこうも早く生徒を発見できるのか、フユには不思議で仕方がない。ヘイゼル本人ですら意識していない何か特殊な能力があるのかも……例えば、インカムでのやり取りの時に発生する電磁波を聴き分けてでもしているのだろうか。  それは分からないにせよ、この後フユの予想通りなら、ヘイゼルは冬の許へと向かうはずだ。事前に教えておいた場所へと。しかし今回は、そこにフユはいない。念のため、インカムを使わずにいる。  フユとしては、もう少しE5に近づいておきたかったのだが、ヘイゼルが一人目の生徒を発見するのが早すぎた。それは確かに頼もしいことなのだが……  ヘイゼルは今頃、フユを探しながらA5へと向かっているだろう。しかし、フユがA5にいないと分かった時、ヘイゼルはどうするだろうか。  心に多少の後ろめたさがないわけでは無かったが、フユはそれを確かめたかった。  恒星ロスはかなり地平線に近づいているようで、山の影が随分長くなり、その影の部分と赤い光に照らされている部分とが綺麗なコントラストを描いている。  しかし視覚よりも聴覚に頼って捜索するバイオロイドには、陰影などほとんど影響しない。  フユは、フードマントですっぽりと体を隠した。インカムのアンテナさえもフードの中に入れる。これでは、ヘイゼルから連絡が来たとしてもそれを受信することができないが、今はヘイゼルの行動観察を優先することにした。  世界から音が消えている。まるで時が止まったようでもあり、わずかな風が草木を揺らした時だけ、思い出したように時が進んだ。  状況を知りたいという欲求を必死に抑えながら、フユはただ岩陰にじっと座っている。足を抱え、膝に顔をつけた。 (何分経ったのかな……ヘイゼルは、A5についただろうか)  こんなことをしていては、訓練の成果は上がらない。そのことをフユは十分理解しているのだが、ヘイゼルのことを知らない限り、何も前へ進まないような気もしている。  そこでフユの心に、ふと影がよぎった。 (でも、そんなことをして何になるのだろう)  ホテルでのテロ事件の真相解明はあまり進んでいないようである。そもそも、行政府にその気があるのかも、まだ子供と呼んでいい年齢のフユにはよく分からない。  ヘイゼルのことが知りたくて、学校も、進路も、ひいては人生も変えた。それが正しいことなのか、フユには分からない。あまり家にいないながらも、フユを気にかけていた父親。共働きではあったものの、できるだけフユの傍に居ようとしてくれた母親。もう二人ともこの世にはいない。  フユの口から、ふっとため息が漏れた。そして顔を上げる。  フユの目に、黒いドレスが映った。ヘイゼルが目を見開き、心配げにフユを見つめている。  あまりのことに、フユは言葉を発せずにいた。頭の中ではただ、『なぜ、ここに』という言葉だけがぐるぐると回り続けている。 「フユ、よかった」  ヘイゼルがフユに駆け寄り、抱き着いた。首に腕を絡ませ、頬を寄せてくる。その肌の感触はどことなくひんやりとしていた。 「ヘイゼル、なぜここに」 「なぜって、心配だったから」 「A5に向かうよう言ったはずだよ!」  フユの手が、ヘイゼルを強引に引きはがす。フユはヘイゼルの肩を揺らしながら、「なぜ! なぜ!」と問い詰める。  ヘイゼルは、なぜフユが怒っているのか理解できないようだ。口を震わせながら「だって、だって」とだけ繰り返していた。  結局、その後すぐにエンゲージが現れ、フユは見つけられてしまった。  三セット目は、クールーン・エンゲージ組が最後まで残り、発見が六、カルディナ・コフィン組が三、フユ・ヘイゼル組と他一組が一という結果となり、それでこの日の共同訓練は終了となった。

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