作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。
 ネオアースの四季は、恒星ロスの周期的な活動によってもたらされている。活動期と非活動期における放出エネルギーの差はわずかではあるが、ロスからそう遠くはない距離を公転するネオアースは、その影響を極めて敏感に受けている。  活動の最盛期――つまりネオアースにおける「真夏」には、クエンレン教導学校も短い夏休みがあるが、フユら「テロ災害専門課程」の三人には、そのさらに半分の、たった一週間しか、休暇は与えられない。  その最終日、フユはカルディナの家に招かれていた。 「ありゃ、伝説になるな」 「ちょっ、もう、それ、言わないでよ」 「えぇ、なにそれ、アタシにも詳しく教えてよ」  カルディナが珍しくにやけた顔でフユをからかうと、姉のセフィシエ・ロータスが、焼き立てのフォカッチャとハムサラダをテーブルに並べながら、興味深げにその瞳をキラキラさせた。  必死に止めようとするフユをしり目に、カルディナがセフィシエに選抜会の様子の全てを語る。 「大勢の前で、まあ、熱いこと熱いこと」  そう締めくくるカルディナの横で、フユはうつむいたまま顔を真っ赤にしていた。 「とても素敵じゃない。ちょっと妬けちゃうな」  セフィシエが口元に人差し指を当て、フユをちらと横目で見る。 「はあ? 姉貴、やめとけ」 「えぇ、アタシじゃ年上すぎるかなぁ」  セフィシエはカルディナよりも九歳年上である。もちろん、フユとも。 「というより、ヘイゼルに食われるぞ」  カルディナは、今にも嚙みつきそうな表情でセフィシエを睨んでいるヘイゼルを顎で指し示す。ヘイゼルは休み期間中、フユについて行動していた。 「あら、別にいいじゃない。アタシはヘイゼル君も大好きよ」  そう言って微笑むセフィシエの様子に、ヘイゼルは少し毒気を抜かれたようだ。キョトンとした表情を見せた。 「だって、ドレスを着てたんでしょ? ヘイゼル君、綺麗な顔してるから絶対似合ってると思う。いいなぁ、アタシも見たかったなぁ」  セフィシエの口調は、本当に残念がっているように聞こえる。バイオロイドと聞いただけで警戒で身構える人間も多いだけに、その反応はフユには少し不思議に思えたが、同時にセフィシエの感性の豊かさにどこか暖かい気持ちを感じた。 「フユ」  それが分かったのだろうか、ヘイゼルがむくれた顔でフユを睨みつける。 「ああ、でも、パーソナル・ウェアを今持ってるんじゃないか」 「ほんと?」  カルディナの言葉に、一緒の食卓につき、フォカッチャを手に取ったばかりのセフィシエが、目をキラキラと輝かせてフユとヘイゼルを見た。  地下街で発生したテロ事件の後、急遽法律が改正され、『バイオロイドは外出時には必ず、パーソナル・ウェアを着用するか、パーソナル・ウェアを所持しておくこと』が義務付けられてしまった。  バイオロイドにとって、パーソナル・ウェアはドッグ・タグ――身分証明書の代わりでもある。  今ヘイゼルはクエンレン教導学校指定のスクール・ウェアを着ているが、持っていたリュックの中に入っているはずなのだ。 「え、ええ、まあ」  ヘイゼルの代わりに、フユが戸惑いながらそう答えた。  そこからのセフィシエは、普段のおっとりした雰囲気をかなぐり捨ててたようだ。食事が終わるや否や、ヘイゼルにパーソナル・ウェアを着るようお願いし出した。  ヘイゼルは随分と困っていたようだが、フユが「お世話になったし、いいと思うよ」と言うと、しぶしぶ、黒いドレスを着て見せた。 「まあ、かわいい! すごいわね、このドレス」  セフィシエは興奮した様子で、ヘイゼルを前後左右から眺めている。 「姉貴も好きだな」 「アナタも一緒でしょ。ねぇ、フユ君。アナタもドレス着て、二人で並んでみる?」 「ぼ、僕は、いいです」  自分に降りかかりそうになった『火の粉』を、フユは慌てて振り払った。  着せ替え人形にされているヘイゼルは、自分に向けられるセフィシエのような反応を見たことがなかったせいだろう、あっけにとられた様子で戸惑っている。  と、セフィシエが何かに気付いたように動きを止めた。 「このデザイン、随分特徴的ね……ゾンマー・カルトじゃない?」  そして、特殊繊維が織りなす編み込みのパターンを見ながらそうつぶやいた。 「ゾンマー……何ですか、それは」 「有名なデザイナーよ」 「ヘイゼルの服は、その人のデザインなんですか?」  フユの表情が、意外なほど切実なものになったことに、セフィシエは少し驚いたようだ。もう一度、ヘイゼルのドレスをじっくり見た後、フユに顔を向けた。 「んー、銘は無いからはっきりとは言えないけど、このデザインはそうだと思うの」 「ほんとかよ、姉貴」 「あら、失礼ね。こう見えてもアタシ、そういう仕事で生きているんです」  カルディナの茶々入れに、セフィシエが少し怖い顔を向ける。 「あの、その人に会えますか?」  セフィシエにとっては『突然の』というべき、フユのお願いだった。しかしフユの様子が余りにも真剣だったので、「ちょっと待っててね」といって部屋を出ていく。  しばらくしてフユたちの耳に、セフィシエが誰かと電話をしている声が聞こえてきたのだが、さらにしばらくした後、セフィシエがフユを呼びに来た。 「フユ君、電話を替わってって」 「どなた、ですか」 「フォーリーフォッグというアパレルメーカーのね、社長さん」  そのアパレルメーカーに聞き覚えがなかったのはもちろん、その後セフィシエが口にした社長の名前もフユは知らない。  訳も分からず、言われるままフユは電話に出た。フォーリーフォッグの社長は女性であったが、彼女とのいくつかのやり取りで、彼が『フユ・リオンディ』であることが確認されると、電話の相手はフユにこう告げた。 「まさか、息子さんから連絡をもらうとは思わなかったわ。貴方のお母さん、レイカ・リオンディはうちの専属デザイナーとして働いてくれてたの。『ゾンマー・カルト』という名前でね」
応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません