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 フユには、目の前のバイオロイドが一体何をしようとしているのか、理解できなかった。  マントの内側にいくつも並んでいる四角い箱のようなものが小型爆弾であることも、そのバイオロイドが今からそれを起爆させようとしていることも、まだ十代半ばでしかないフユが知るはずもないのだ。  しかし、そのただならぬ雰囲気を感じ取ることはできる。だからこそだろう、フユは一歩も動けない。  そのフユの様子を見てなのかそうでないのか、バイオロイドが一歩、フユの方へと近づいた。  逃げなければ。  フユの頭の中で、何かがそう叫んでいる。そうしなければ、いや、そうしなくても、何か取り返しのつかない事態が起ころうとしている。それは分かった。  足がすくむ。空調の効いた地下街であるにもかかわらず、冷たい汗がフユの額を流れていった。  しかし、何もできないままに、その時が来てしまう。  目の前のバイオロイドが、すぅっと息を吸う。その音が、フユの耳に届く……  突然、フユの横を一陣の風が通り過ぎて行った。その風は、目の前のバイオロイドを突き飛ばすと、その反動を利用して、フユの許へと戻ってくる。フユを抱き、頭を抱え、その耳と目に指を当てる。そのまま、傍のカフェテリアへと身を投げ入れた。  一瞬の静寂。  次の瞬間、地下通路を真っ白に染める閃光が走り、フユの塞がれた耳にも爆音が鳴り響くのが聞こえた。通路を突き抜ける爆風がカフェテリアにもあふれ出し、フユの肌に熱風が吹き付ける。その間ずっと、フユは誰かに抱えられていた。  その嵐も、数瞬後には収まった。しかし、フユの目と耳を塞ぐ細い指は、動こうとはしない。フユにのしかかっている体重は軽く、長い髪の持ち主なのだろう、その髪はフユの顔を覆うように掛かっている。  非常ベルが鳴り、排煙装置が稼働し始めた。それが、煙を大量に含んだ空気と、爆発に巻き込まれた人間のうめき声を天井へと吸い込んでいく。  フユの顔を包み込んでいた手が、ようやくフユの顔から離れた。しかし、視界はまだぼやけている。それは煙のせいではなく、しばらくの間、目を押さえられていたせいだろう。  しかしフユは、今何が起こったのかを理解した。  なぜ……なぜまた。  フユの頭の中を、その言葉が駆け巡る。半年前、ホテルで起こった事がフユの脳裏で静止画を何枚もめくっていくように現れた。  広い広いエントランスの中、爆風が荒れ狂い、全てのものをなぎ倒し、吹き飛ばしていく。その中に、両親の姿が…… 「フユ、大丈夫?」  ヘイゼルの声が聞こえる。吸い込まれるような漆黒の瞳がフユを覗き込んでいて、その漆黒を見た瞬間、フユはヘイゼルを抱きしめた。  フユの腕は何かを我慢するように小刻みに震えている。  いやだ、いやだ――  声にならない声を叫ぶようにフユの口が動くのを見て、ヘイゼルは震えを押さえるように、フユを強く抱きしめ返した。そして耳元に、何度も何度も「もう、大丈夫」と囁く。  と、通路に充満した喧騒の中、泣き声が響き渡る。 「いたいよぉ、おかあさあああん」  まるで、フユの心の中から飛び出してきたような声。しかしそれが、女の子の声であることに気付いた時、フユは現実へと引き戻された。  誰かが、助けを呼んでいるのだ。  フユの体が、突然スイッチを入れられたように、動き出す。 「フユ、まだじっとしてなきゃ」  ヘイゼルが煤と埃で汚れたフユの顔を心配そうに見つめていた。そのヘイゼルの手を握り、フユが勢いよく立ち上がる。 「ヘイゼル、行くよ」 「駄目だよ、フユ」 「さあ、はやく」  引き留めようとするヘイゼルの手を振り払い、フユは店の外へと飛び出した。

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