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 訓練施設の少し広めのエントランスに入ると、そこには他にも何人かの生徒が来ていた。 「第一八班がどこで訓練しているか、教えてもらえるだろうか」  ファランヴェールが、受付にいた男性にそう尋ねる。パルクールジムだとの答えに礼を述べると、フユの方へと振り向いた。 「こっちだ」  ファランヴェールがエントランスを抜けて、奥のエレベータ室へと向かう。フユは少し小走りでファランヴェールに追いつくと、いくつも並んでいるエレベータの内の一つに乗り込んだ。 「バイオロイドだけでなく、生徒も出入りしてるんですね」 「コンダクター候補生は、許可を取れば、訓練中のバイオロイドの様子、訓練内容や結果を見ることができる。ここ以外の訓練施設でもそれが可能だ。それが担当したいバイオロイドを選ぶための情報となる。バイオロイドの能力を見極める目も、コンダクターには必要な能力なのだ」  ファランヴェールが、自分の目を指さしながら微笑む。暗赤色の瞳。フユは、ヘイゼルのもっと明るい赤色の瞳を思い浮かべ、比べてみる。そこに宿る光は、似て非なる物。そんな気がした。  重力の僅かな変化を感じた後、エレベータが止まった。扉が開くと同時にファランヴェールに背中を押され、エレベータの外に出る。右手に伸びる通路には、照明が煌々とついていて、白い無機質な壁を浮き上がらせていた。  突き当りまで進むと、ファランヴェールが壁の横のパネルを操作する。すると、壁が音もなく横へとスライドした。  中は狭いモニター室になっていたが、ガラス窓を挟んだ向こう側には、部屋と呼ぶにはかなりの広さのある空間がある。トレーニングジムに見えなくもないが、天井が見上げるほどに高く、中には様々な大きさの壁や台がいくつも置かれていた。 「ここは運動能力の訓練場だ。ここから彼ら様子を直接見ることができる。正面のスクリーンにバイオロイドの名称や状態が表示されるし、モニターではバイオロイドの基本情報やこれまでの訓練データ、能力を数値化したものを見ることもできる」  ファランヴェールがいくつも並ぶモニターを指さしたが、フユはそれには興味を示さず、大きな一枚ガラスの向こう側にいたバイオロイドたちを見つめていた。その様子を見てファランヴェールが表情を少し緩めたが、フユはそれには気付かなかった。  視界には、四つの人影が見える。そのうちの一人は、恰幅のいい中年で、バイオロイドたちのトレーナーであることが見て取れた。  他の三人は皆、体の線が細く、背もさほど高くはないようだ。フユと似たような年齢に見えるが、彼らがバイオロイドであることはフユにもすぐに分かった。  その内の一体がスタート地点から走り出し、身長よりも遥かに高い台に飛び上がろうとしたが、手すら届かず、正面にぶつかり、派手な音を立てて下に落ちてしまう。フユは思わずあっと声を上げたが、落ちたバイオロイドに怪我は無いようだ。よろよろと立ち上がると、ふわっとした緑色の髪が覆う頭を抱えながらスタート地点へと戻っていく。かなり小柄で線も細いバイオロイドだった。  その姿の横には、緑色の文字で『エリミア・セル・レイリス』という表示がされている。 「あれは、難しい訓練なのですか」  指さしたわけではなかったが、ファランヴェールはフユが言わんとしていることが分かったようだ。 「いや、普通のバイオロイドならいとも簡単にこなしてしまうようなものだ」 「でも、あのバイオロイドは」  『簡単にこなす』どころか、『できる』という可能性すらフユには感じられなかった。  別のバイオロイドが、ウェーブの掛かった赤い髪を揺らしながら高台へ軽々と飛び上がる。先ほどのバイオロイドとは、運動能力が格段に違うようだ。その台から前方に宙返りをしながら飛び降りた。その先には、天井まで続く向かい合った壁がある。その幅は両手を広げた人間二人分ほどだろうか。それを驚くような跳躍力で、左、右蹴りながら登り始めた。しかし次の跳躍でそれを急にやめてしまい、下へと落ちる。衝撃を和らげるように足を曲げて両足で着地すると、悪びれる様子もなくスタート地点へと戻っていった。 「あのバイオロイドは、なぜ途中で登るのを止めてしまったのですか」  今度は、その姿を指さし、ファランヴェールに尋ねる。スクリーンには『イザヨ・クエル・ラウレ』という名前が表示されていた。 「フユには、どう見えたかな」  反対にファランヴェールがフユに尋ねる。 「そうですね……『疲れた』。そんな感じに」  フユが答えると、ファランヴェールはどこか諦めにも似た笑みを見せた。

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