クロスドレス・B・エイダー ~灰髪のヘイゼル~
第64話 クールーンの嘲笑
※ ※
空にあるはずの赤色矮星ロスは、今日は厚い雲の淵をかすかに赤く染めているのみで、地上からは見ることができない。夏だとは言え、ロスの光が無ければ少し肌寒く感じる。
「どういうカラクリなんだ」
クールーンの口から焦りの色を含んだ言葉が漏れる。ふと何かの気配を感じたような気がして、生い茂る木々の中に身を潜めた。
ゴーグルから網膜に映し出される情報は、もうすでにヘイゼルが三人を発見したことを示している。カルディナとペアを組むコフィンが二人。後は、エンゲージを含め発見数はゼロである。
いや、そのこと自体に驚きはない。エンゲージには「フユ・リオンディが発見されるまで、カルディナ以外の生徒は発見しても報告するな」と言ってあるからだ。
試験の開始前、クールーンはクラスメイトに呼び出された。それまでクールーンに陰湿なイジメをしていた連中だった。
また何かを言いつけてくるかとけるのかと思っていたが、逆だった。クラスメイトたちはクールーンに協力を申し出てきたのだ。
――フユ・リオンディを特待生の座から引きずり下ろす。その協力をさせてくれ。
その連中の顔を見て、クールーンは心の中で笑い、そして軽蔑した。彼らの顔にこびりついていた、媚びへつらうような薄笑い。それを思い出し、クールーンはぺっと唾を山肌へと吐き捨てた。
全員で連携して、フユ・リオンディを探す。提案の内容はそういうものだった。
――やるならご自由に。
クールーンはそうとだけ答え、その場を去った。
媚びへつらいはその場限り、話に乗ればどうせ後で恩着せがましく言ってくるに違いない。
自分にはエンゲージがいる。もう、クラスで浮くのを恐れ、あいつらに好きなようにされていた自分はいない。
そんなことをせずともリオンディに勝つことは難しくないのだ……
テストが始まるまで、クールーンはそう考えていた。いや、今でもそう考えている。
ただ、リオンディに恥をかかせてやろうと思い、エンゲージにリオンディだけをターゲットにさせたのだが、未だにリオンディを見つけられずにいる。
「使えない奴らだ」
クールーンはその言葉とともに、また唾を吐き捨てた。
それにしても、とクールーンは思う。エンゲージからの報告では、クラスの連中のバイオロイドの動きは、外側から内側へと網を狭めるようなものだった。その動き自体に問題はない。
ただ、もうすでに何体ものバイオロイドがフィールドの中央まで来ている。
「潜んでいるリオンディを無能なバイオロイドが見逃したのか、それとも」
網の目を潜り抜けたのか。
見つけられた場合、そのものはそこで脱落である。確かに何人かがヘイゼルとコフィンに見つけられてしまってはいた。しかしその網の目に開いた穴はエンゲージがカバーしたはずである。
「リオンディは、バイオロイドの動きが見えてるのか?」
いや、そんなはずはない。そんな特殊能力を持っているのは、このフィールドにはただ一体、エンゲージだけである。
そこでクールーンは試験前の最後の訓練のデータを思い出してみた。そういえば、リオンディの動きは、動き回るバイオロイドたちの隙間をかいくぐるようであったのだ。
その時は、たまたまだと思っていたが……
「相手の能力を侮るのは愚かな奴のすること」
どういうカラクリなのかは分からないが、リオンディかそれともヘイゼルか、どちらかにはバイオロイドの動きが見えているのだろう。
それに、ヘイゼルはあまりフィールドを大きくは動いていない。初回の訓練の時のような、リオンディの位置をこちらに教えてくれるような動きも見せてはいない。
「そうでなくちゃ、倒し甲斐がない」
クールーンの口元が軽くゆがむ。
『クリア』
クールーンのインカムにエンゲージからの報告が来た。今いる場所の周辺にはバイオロイドはいないようだ。
リオンディを発見できなくても、点数から見て、3セットある試験でリオンディ・ヘイゼル組をある程度上回れば逆転はできる。リオンディにこだわる必要は、ない。
「遊びは終わり」
クールーンは、インカムのマイクに向け、そう小さくつぶやいた。
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