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※ ※  平日昼過ぎの学生食堂は、その食欲を満たそうという学生たちであふれかえっている。  フユの目の前に置かれた皿には、十代半ばの男性が食べるには少々量が少ないように思える程しかパスタは盛られていない。しかし、さっきからフォークを刺しては回し、刺しては回しを繰り返すだけで、一向に食べる気配がなかった。 「どうした、食べないのか」  節制をしているのか、それとも食欲がないのか、そう言って声を掛けるカルディナの手にも、サンドウィッチが一包みしか握られていない。 「余り食欲がなくてさ」 「悩みでもあるのかよ。『お咎めなし』だったんだろ?」  カルディナがいう『お咎め』とは、先日の出動の際のヘイゼルの振る舞いに関することなのだろうが、それが分かっていても、フユは一瞬胸が詰まる。 「うん、それはね」  昨夜は、思い出すだけでも顔が熱くなるほどに乱れた。  ウォーレスの話、見せられた資料、そして取引――自分の欲望のために、半ばヘイゼルを『売った』のだ。  欲望。それが、真実を知りたいという識欲なのか、それともヘイゼルとただ交わり続けたいだけの色欲なのか。  自責の念だけが募る。そんな自分を苛む自分を忘れたかった。だから、あんな行動に走ってしまった――それを思い返す度にフユの恥ずかしさが増していく。今のフユには、ファランヴェールとまともに顔を合わせる自信がなかった。 「全く、残念。一か月ほど謹慎になれば良かったのに」  フユと向かい合うカルディナ、その横にしれっと座っていたクールーンがボソッとつぶやく。そして合成タンパクでできたパティをはさんだハンバーガーを一口かじった。  フユが苦笑いをする。しかしカルディナはあからさまに嫌な顔を見せた。 「お前、何でここにいるんだよ、クールーン」 「ここにいたほうが、煩わしい奴らの相手をしなくて済むから。あいつらに比べれば、まだリオンディ君の顔を見ている方が何倍かましだね」  エンゲージがパートナーになって以降、クールーンに対する他の生徒たちの反応は、やっかみかおべっかかのどちらかであることが多くなった。  最初はそれをうまく利用できないかとクールーンは考えていたようだが、対テロ専門課程に所属して以降は、その忙しさに、そんなことも考えなくなったようで、それまでの『付き合い』からは距離を置いているようだ。  その代わりに、フユやカルディナと一緒に行動する機会が増えている。あれだけフユに敵対的だったクールーンだっただけに、カルディナは『どの面下げて』と怒りを隠せないでいたが、当のフユは『別に気にしてないから』と笑って、クールーンが自分の傍に来るのを許していた。  しかしそうなったからといって、クールーンは依然と変わらず、ことあるごとにフユに対する嫌味や毒舌を吐いている。 「お前の厚顔無恥さとフユの鈍感さには恐れ入るよ」  カルディナは呆れ顔でそう言い、サンドイッチを頬張った。  実際のところ、同じ課程の三人で相談や情報交換をする必要があり、話し合う機会もさらに増えている。一人だけを仲間外れにするメリットは、フユにもカルディナにもあまりないのだ。  気分を害する要因を排除できるという最大のメリットがあるにはあったのだが。  しかしクールーンはカルディナの嫌味を気にすることなく、またハンバーガーをかじった。 「ああ、そういえば」  カルディナはクールーンを無視することに決めたようだ。フユを見てそう切り出した。 「どうしたの」 「いや、姉貴が『フユ君、次はいつ来るの?』ってうるさいんだ」  つまり、カルディナは『次の休みにでも姉貴に会いに行ってやってくれないか』と言いたいようだ。  カルディナの姉、セフィシエ・ロータスはファッション・コーディネーターであり、フユも何度かそのお店に行ったが、フユが行くと必ずフユと、そして随伴するヘイゼルに女装した姿を写真に撮らせて欲しいとお願いしてくるのだ。  以前はカルディナが『モデル』をさせられていたが、フユと知り合って以降、セフィシエはフユをモデルにさせたがっている。  フユは、それ自体は嫌とは思わない。それに、フユの母親のことを知られたのはセフィシエのおかげでもある。それだけに、フユはセフィシエのお願いを無碍に断ることはしないのだが、お店の中に大きく貼り出された自分とヘイゼルの写真を見るのはかなり恥ずかしかった。 「お店は大丈夫だったの?」  このところシティでは物騒な事件が続いている。以前の地下街での爆発事件ではかなりの日数、休業を余儀なくされたらしい。 「ああ、こないだの事件では、全然エリアが違ってたから大丈夫だとは言ってたな。まあ、元々お店での商売がメインじゃないし」  少し気になっていただけに、フユはそれを聞いて安どの笑みを浮かべた。 「それは良かった。そうだね、いいよ、次の休みにでも」  そう答えたフユの言葉に、カルディナが少し驚いた顔を見せる。 「いいのか? いや、無理はしなくていいぞ」 「無理してないよ。ちょうど、僕もセフィシエに聞きたいことがあったから」 「へえ。男が好きなのかと思ったら、そうでも無いんだ」  クールーンがボソッと口をはさんだ。 「お前は黙ってろ」  カルディナがクールーンを睨みつける。クールーンは何事もなかったように、最後の一口を口の中へと放り込んだ。
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