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『その子を連れてきたのね、ファランヴェール』  フユの目の前にいる赤毛のバイオロイドから、甲高い声が聞こえてくる。 「クレア博士、なぜここに」  フユは目の前の状況が信じられない。先回りをするような時間は無かったはずだ。 『なぜ? おかしなことを聞くのね』 「屋敷にいたのでは」  フユがそう問うた瞬間、イザヨ・クレアが声をたてて笑った。目の前のバイオロイドは笑ってはいない。ただ、その胸元からクレアの笑い声が響いている。そう、屋敷で見た光景。 「ワタシはここにいる。ずっと、昔から」  そのさらに向こう、コントロール室の端から声が聞こえた。僅かにずれるように、バイオロイドの胸元から聞こえる声がそれと声が重なる。エコーのように。  フユたちがいる場所と反対側の壁が開いていて、そこに一人の女性が――車いすに座っている。  長い黒髪。随分と細く華奢で小さい体にクリーム色のワンピース。目は機械的なゴーグルで覆われていて、そこからいくつものケーブルが伸び、車いすにつながっている。それらは脈動するように青白いく光ったり消えたりを繰り返していた。 「ずっと? あの火事の時、博士は屋敷に」 「あれも、公の場に出ていたのも、そしてアナタの父親が死んだレセプションパーティに出ていたのも、ワタシの『分身』。ワタシはこの五十年、一度も、ここから出たことなんかない」  ヒューンという静かな駆動音がして、クレアの車いすが動いた。しかし、クレアの手は膝の上に置かれたままである。 「あの、カグヤさんは」 「邪魔をしようとしたから、ここのネットワークに閉じ込めておいたわ。今は『出力場所』を探してうろうろしてるんじゃないかしら」 「ネットワークに、閉じ込める?」 「ええ、そうよ。『あれ』はAIだもの」  クレアがモニターの一つに向く。その後ろ、もう一体のバイオロイドが寄り添っているが……短く刈り込んだ赤い髪、鋭い目。フユたちを『出迎えた』バイオロイドと姿かたちがそっくりだった。  傍にいたヘイゼルがくっと身を固くする。 「さあ、ファランヴェール。第四層の封印を解いてちょうだい。どうやってもワタシにはできなかった。アナタたち『第一世代』だけが持つ権限。忌々しい。さあ、早く『ゲルト』をここから出して」  クレアはフユもファランヴェールも見ることなく、そのゴーグルをただモニターへと向けている。 「それはできない」  厳か――そんな言葉でしか形容できないような声でファランヴェールが答えた。 「じゃあ、なぜここに来たの」 「『マスター』が望んだから」 「そう」  クレアのふっという息継ぎが聞こえた。 「フユ・リオンディ。アナタはカグヤにバイオロイドと人間の未来について確かめたいことがあるって言ってたわね。その未来、代わりにワタシが答えてあげる」  クレアの車いすがその場で回転し、フユへと体を向ける。 「放っておけば人間は際限なく増え、環境を食い尽くす。かつて地球以外の惑星に移住しそれを軽減しようとしたけど、結局食い尽くす場所が地球から太陽系へと変わっただけだった。だから、AIは一つの結論を出したの」  真っ黒なゴーグル。その奥は見えない。 「人間は『管理』されなければならない、と。管理の道具として生み出されたもの。それが、バイオロイドよ。人間の数と思考を制御するための存在。人間ために生まれ、人間のために生き、そして人間の為に壊れていく存在」 「やはり、そうなのですね」  フユにとって、それはもう推測していたことだった。 「でもね、そんなものは『不自然』なの。必要ない。人間の未来は人間自身が決めるべきよ。AIなんかに――カグヤなんかに管理されるなんて、ごめんだわ。ねえ、カグヤ」  クレアのゴーグルの向きがフユからそれる。その視線を追ってフユが横を向くと、そこに銀色の長い髪を垂らした、ムーンストーン色のローブ姿の女性がいた。  透き通るような白い肌――血色を感じさせない、無機的な顔。目は閉じられていて、その上を長い睫毛が細く切り流れている。  硬く結んでいた少し紫がかった薄い唇がゆっくりと動いた。 「それもまた、人間が決めたこと」  透き通るような凛とした声。カグヤ・コートライトだった。 「どこから『出力』できたのかしら。まあ、いいわ」  その登場も、クレアは予想していたように冷静だった。
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