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 フユの言葉が波となり、ヘイゼルの耳――バイオロイド特有の、二つに分かれた耳に届く。その音はヘイゼルの鼓膜を震わせたはずなのに、しかし反応がない。フユとは別の理由で、ヘイゼルの心も今、恐怖に打ち震えているのだ。  お互いのお互いに対する恐怖で、二人の間に漂う湿気を帯びた空気すら凍ってしまっていた。  求めるがゆえ、相手が離れていく。  求めても、相手を離してしまう。  フユが、ヘイゼルから視線を外した。 「ごめん、ヘイゼル。僕、ヘイゼルにひどいことした。ヘイゼルは僕を助けてくれたって言うのに」  二人ともが、自分の震える左腕を、自分の右手でぎゅっと押さえる。 「そんな言葉、欲しくない」  ヘイゼルの声は、少しかすれていた。 「助けて、くれて……ありが、とう」  フユの声が途切れ途切れになる。 「お礼も、いらない」  自分の膝に額をつけ、ヘイゼルは首を横に振った。 「じゃあ」  何が、欲しいの?  フユがその言葉を飲み込む。 「ボクを、嫌わないで。ずっと……ずっと、フユの傍にいたい」  しかしフユの心の声を聴いたかのように、ヘイゼルは顔を上げ、そう答えた。そして両手を床につき、四つん這いになってフユの方へとにじり寄る。 「なぜ」  フユが一歩、左足を後ろへとひいた。 「キミを救うためだけに、ボクはいるんだから」  ヘイゼルがずっとフユに伝えたかった事。  しかしそれを聞いてもなお、フユは右足を一歩後ろへとひいた。ヘイゼルに対して怯えた表情を見せ続けている。 「フユ」  懇願と絶望がないまぜになった声で、ヘイゼルがそう呼び掛けた。  フユが、震える体をまた自分の両腕で抱きしめる。 「ヘイゼル……怖いんだ。バイオロイドが、どうしようもなく怖いんだ」  震えが止まらず、フユはその場に膝をついた。体を丸め、身を固くするが、それでも震えは止まらない。 「ボクは、怖くなんか無いよ」  ヘイゼルがフユの方へと少し近づく。 「ヘイゼル、こっちに来ないで。あのバイオロイドの姿が、僕の頭の中から消えないんだ。君と、重ねてしまう。お願いだよ」  そう言うとフユは、何かを我慢するように更に体を丸くした。 「ほら、ボクは何も持ってないよ」  ヘイゼルが、急いで着ていたフードマントを脱ぎ捨てる。しかしフユは、体を丸めたままで、顔を上げようとはしない。 「じゃ、じゃあ、これでどう」  ヘイゼルは、着ていたトレーニングウェアの上を脱ぎ、横へと置いた。しかしそれでもフユは動かない。ヘイゼルにも、フユがかたかたと体を震わせているのが分かる。  ヘイゼルはウェアの下までも脱いでしまい、そしてゆっくり立ち上がると、両手を広げた。 「ほら、見て、フユ。ボクの、ありのままの、姿を」  オーロラの放つ淡い光が、ヘイゼルの陶器のように白く透き通った肌を仄かに浮きだたせる。  細い腕と足、そして抱きしめれば折れてしまいそうな胸と腰。バイオロイドが持つパワーからは想像もつかないほどの痩身が、フユの目前に曝される。 「ねえ、フユ。ボクを、見て」  なおも顔を伏せているフユに、ヘイゼルはもう一度そう呼び掛けた。  フユが、ゆっくりと顔を上げ、涙にぬれた目で、ヘイゼルの裸体を見上げる。そして眩しそうに目を細めた。 「何も、持ってないよ」  ヘイゼルがゆっくりとフユに近づく。フユはヘイゼルの体を見つめたままだ。ヘイゼルは一歩、さらに一歩、フユへと近づいた。  手が届きそうになる距離まで来ると、ヘイゼルはゆっくりとしゃがみ、そしてフユの顔を覗き込む。  白い手をフユへと伸ばし、そして頬に触れた。 「身体に悪いから、家の中に入ろ、ね、フユ」  少し冷たいヘイゼルの手の感触が、フユに伝わる。その手に、フユの手が重なった。 「ヘイゼル……ああ、ヘイゼル」  フユの目から零れ落ちた涙が、ヘイゼルの、そしてフユの手を濡らしていく。 「なに、フユ」  ヘイゼルが、ふっと柔らかな笑みを浮かべた。 「ずっと……ずっと、僕の傍にいて」  フユがヘイゼルの首に腕を回し、そして強く抱き寄せる。  ヘイゼルも強く抱きしめ返し、そしてフユの耳に唇を寄せ、囁いた。 「コピー了解

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