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 ポーターの中には、フユとカルディナだけが残っていた。後方の開口部は、いつでもコンダクターが動けるように、そして戻ってきたエイダーがすぐに中に入れるように開けたままにされている。  まだどこか肌寒さが残る外気がその開口部からポーターの中へと入ってくる。フユとカルディナは制服であるカーキ色のジャケットと短パンといういで立ちではあったが、その上に羽織ったムーンストーン色の防電磁マントコートは防寒の役割も果たしており、二人とも外気を気にすることなくモニターに映し出される情報を追いかけていた。  消火作業前の現場の捜索はかなり危険を伴うが、消火作業による視界不良が起こる前に可能な限り被災者を探すのも救助隊の任務である。  幸い、火の手はさほど強くはないようだ。この火災はそれらしき火元が無いため、放火だとみられていた。周辺にはまだ『危険』が潜んでいる可能性があったが、エンゲージからの報告では、周辺及び現場のビルの地上階にはバイオロイドの「生きている気配」は無いらしい。  ただ、さすがのエンゲージも地下にいるバイオロイドのすべてを把握するのは難しいようで、特に地下二階については「バイオロイドがいるかどうかも不明」とのことだった。  もちろん、『危険』はバイオロイドだけではなかったが、バイオロイド解放戦線のテロ予告があった以上、その実行犯はバイオロイドの可能性が高いとみられていた。 「なんか、どんどんバイオロイドが悪者にされていくな。解放戦線の指導者は何を考えているんだか。これじゃ世の中、『解放』とは逆の方向に進むだろうが」  ポーターの乗員室の奥、真ん中を縦に割るように設置されたモニターをはさんで、フユとカルディナは座っている。そのモニターの向こうでカルディナがふとそうつぶやいた。 「そういえば、解放戦線の指導者って、『ムイアン』っていうんだっけ」  バイオロイドたちはマーカーを所持しており、各自の居場所がモニター上のマップに映し出されている。ファランヴェールはレイリスとコフィンを連れて、いまなお燃えているビルの周辺を探索しているようだ。  今はファランヴェールに任せておけばいい。そう思い、フユはカルディナの独り言に乗ることにしたのだ。 「ああ、そう名乗ってるらしいな」 「どんな人なんだろ」  調子を合わせているだけ――フユはそんな風に装っているが、内心では真逆である。特に最近、『バイオロイド解放戦線』について調べる機会が多くなったが、ネットワーク上の情報は極めて乏しく、さすがのファランヴェールも詳しくないということだった。  だから、カルディナがそれについて詳しいとは思えない。 ――そういう意味では、『調子を合わせているだけ』になるか。  フユは、己の行為の無意味さを自覚し、モニターへと集中を向けた。  カルディナは、コフィンとラウレの二人の状況を見ている。カルディナはラウレと「命令をしない」という約束をしているだけに、その動きが気になって仕方がないのだが、今のところラウレはおとなしくエンゲージとともに行動しているようだ。 「男らしいが、まあ、人間とは限らないな。バイオロイドかもだぜ」 「ああ、確かに」  ネットワーク上では様々なうわさが飛び交っていたが、実際のところそれらの『情報』は、そのほとんどに「らしい」か「かも」などという言葉が添えられていた。結局のところ、誰にも何もわかってはいないのだ。 「正体不明のテロ指導者、か。アニメみたいだね」 「そんな呑気なものじゃないだろ」  やれやれと言わんばかりにカルディナがため息をつく。  その言葉にフユが応じようとしたところで、モニター画面に異変が起こった。  画面上に出ていた光点――バイオロイドたちのマーカーがすべて消えてしまったのだ。 「えっ。ねえ、カルディナ」  驚いてそう声を掛けようとしフユの言葉に、カルディナの言葉がかぶさる。 「おい、フユ」  そしてモニターの横からカルディナが顔を出した。二人がしばらく見つめあう。フユは再びモニターを確認したが、異変はしばらく待っても元には戻らなかった。
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