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 ファランヴェールの口から出た言葉に、フユは怪訝な表情を浮かべた。 「でも声は若かったし、暗がりでさらにゴーグルしてたからよくは見えなかったけど、僕と同じくらいに」  見えた――フユがそこで言葉を止める。  ファランヴェールが嘘をつくわけはない。 「ほんとに、同じ人?」 「ええ」  ファランヴェールの答えに迷いはなかった。  あの女性、イザヨ・クレアとファランヴェールは既知の中。確かに別人と間違えるということもないだろう。  そこから導き出される結論は―― 「イザヨって人、もしかしてバイオロイド?」  ならば、容姿が昔とさほど変わっていなくても納得がいく。実際、ファランヴェールはそうなのだから。  しかしフユのその問いかけには、ファランヴェールは少し困った顔をした。 「彼女は人前でその『耳』を見せようとはしません。昔から。私にはそれ以上のことは」 「エンゲージならわかるんじゃないの」  ファランヴェールの言葉が終わらないうちに、ヘイゼルが口をはさんだ。そろそろ自分の相手をしろと、フユに目で訴えかけている。 「分かるかもだけど、きっと教えてはくれないと思うよ」 「んじゃ、コフィンなら人間かどうか分かるんじゃない。ほら、考えても分からないことなら、考えても無駄無駄。それより、遊ぼうよ」  とろとろとしながらもようやくフユがシチューを食べ終わったのを見て、ヘイゼルがフユの手を取り、ダイニングから連れ出そうとする。 「遊ぶために宿泊許可を取ったんじゃないから、ヘイゼル。今日は二人と同時に通信する訓練をするんだよ」 「そんなの、いらない」 「だめ!」  まるで子供を諭す親のようである。しかしヘイゼルは不服そうな表情を変えないでいる。  「ファル、ご馳走様」 「どういたしまして」  ファランヴェールは硬い表情でほほ笑むと、使い終わった食器を慣れた手つきで食洗器へと並べ蓋を閉める。自動で食洗器が作動し始めた。 「ぶぅ」  ヘイゼルが頬を鳴らす。 「さあ、訓練を始めるよ。まずはリビングと寝室に分かれて」 「では私がリビングに」  驚いたことに、フユが説明しようとするその途中でファランヴェールが言葉をかぶせる。 「じゃあ、ボクとフユで寝室にいこ」  ヘイゼルが、ふふんと鼻を鳴らしながら、フユの腕をとった。 「僕はリビングだよ、ヘイゼル。後で三か所に分かれるから、僕は真ん中にいないと」 「なっ、そんな、ずるい。み、認めない!」 「ずるいもなにも、訓練なんだから」 「知ってたな、ファランヴェール!」  ヘイゼルは席から立ち上がると、まだ座っていたフユを後ろから抱きしめる。そしてあらゆるネガティブな感情をないまぜにしたような目でファランヴェールをにらんだ。 「知っていたわけではない。それに、決めるのはマスターだ。君ではない」  ファランヴェールが勝ち誇ったような視線をヘイゼルへと返す。  こういう時、ファランヴェールの『大人げなさ』が表に出てくるが、フユはそれを心の中で笑っていた。 「じゃあ、ヘイゼルは寝室に。ファルはまず僕と一緒にリビングで」 「いやだ!」  ヘイゼルはそう叫ぶと、フユを両腕で抱え上げ、『お姫様抱っこ』状態で地下の寝室へと運ぶ。 「ちょ、ちょっと、ヘイゼル」 「今日はフユと一緒なの!」  フユが止めるのも聞かず、ヘイゼルは寝室のベッドにフユを置くと、そのままフユに覆いかぶさった。
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