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『ファル、状況を報告して。シグナルがロスト状態になってる』  フユがヘッドセットへと呼びかける。子音と母音の組み合わせだけではなく、その音の音階や前後関係によっても意味を変化させる圧縮暗号は、それを知らないものが聞いてもただの鼻歌にしか聞こえないだろう。  短い『鼻歌』でもかなりの情報量が詰め込まれているのだが、フユが口にしたものは一小節にも満たないものだ。 『ビルの北北東七三メートル付近。レイリス、コフィン、私の三名で捜索活動中。GPSが機能していません。原因は不明。ロスのフレアの影響かもしれません』  すぐにファランヴェールから応答があった。恒星ロスから降り注ぐ宇宙線の影響で、ネオアースでのアナログ通信にはかなりの雑音が混じる。それゆえ、フユが聞いているファランヴェールの『声』はデジタル処理された機械音でしかないのだが、それでももうかなり聞きなれたその旋律は、フユの心を落ち着かせてくれる。  広域捜索とは違い、今は一つの建物を対象とした活動である。GPSの情報が無くても迷子になることはない。それよりも、既にビルの内部に入っているクエンレン救助隊やシティの消防隊が行う作業についての情報を得られないほうが問題であった。  ファランヴェールならば、このような状況でどうすればいいかを知っているかもしれない。しかしフユは思わず出そうになった「どうすればいい?」という言葉をぐっと飲み込んだ。 『一旦、安全な場所に退避し指示があるまで待機。どうするべきか教官の判断を仰ぐ』 『了解コピー』  すぐに返事が返ってきた。そこでフユはふと思う。自分の判断が間違っていたとして、果たしてファランヴェールはそれを指摘するだろうか。それとも、間違いだと分かっていても素直に従うだろうか。  エイダーにとってコンダクターの指示は絶対である。それに対して異議を唱えるのは、一瞬の遅れが致命的なミスにつながる救助活動においては、してはいけないこととされていた。  だからこそ、コンダクターは常に的確な判断を下さなければならない。間違った判断はバイオロイドを危険にさらすということなのだ。  フユは一つ、身じろぎをした。それは寒さゆえのものではない。自分の立場を改めて自覚した時、フユはそのことに対して少しだけ恐怖を感じたのだ。 ――僕のミスがファルやヘイゼルを危険にさらすんだ。  頭の中に浮かんでくる、数々の有り得るべきではない未来。それらを振り払うように、フユは頭を振った。 「だめだ、通じない」  と、カルディナが声を上げる。 「えっ。僕はファルと通信できるよ」 「違う、教官とだ」  カルディナは教官のいる指揮四号機と通信しようとしていたようだ。フユの返事はカルディナによってすぐに否定されたが、その口調には慌てた様子や焦りなどは含まれておらず、どちらかというと冷めた――エイダー主席をいとも軽く愛称で呼ぶフユへの冷やかしに近いニュアンスが含まれていた。  フユはそれにすぐに気が付き、少し顔が熱くなる。 「指揮とこことでそんなに離れてないのに」  そう応じるフユの声が、少しだけ上ずった。 「宇宙線の影響にしては強すぎる。ちょっと教官のところに行ってくる」 「コフィンたちはどうするの」 「ラウレは勝手に動く。コフィンはファランヴェールと一緒にいるんだから大丈夫だろ。どうせ情報がないなら、俺たちの指示に意味はない。ここは任せたぞ」  そう言い残すと、カルディナはフユが止めるのも聞かずヘッドセットを付けたままポーターを出て行った。
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