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 恒星ロスの活動の極大期は、つまりネオアースの夏にあたる。地球とは違い、ネオアースの自転軸は公転面と垂直になっていて、季節によるロスの高度に差はない。  ロスの見た目もさほど変わらず、ただ肌にへばりつくような湿気と汗ばむような暑さが、その季節の到来を告げているだけであった。  クエンレン教導学校では、学生たちが新たなパートナーを選ぶ『選抜会』の準備に奔走していたが、対テロ専門課程の三人は、三者三様の理由で選抜会でのバイオロイド指名を見送ることにしていた。  クールーンは、今担当している二体のバイオロイドとのコミュニケーション――圧縮暗号の習得がまだ完璧でなくそちらのマスターを優先したいという理由で。  カルディナは、三体目を優先的に選べるという条件で『問題児』であったイザヨ・ラウレの担当を引き受けたはずだったが、新しく学校に加入したバイオロイドの中にも、もともといたバイオロイドの中にも、気に入ったバイオロイドがいなかったようだ。  もっと言えば、命令をしないという約束を交わしていたラウレをどうやって制御するかという問題の解決の方が、今のカルディナには興味のある課題になっている。  そしてフユは、そもそも三体目を迎え入れる気になれないでいた。  二年生において担当を義務付けられているバイオロイドは二体であり、三人ともその要件は満たしているため、学校側も無理に三体目を担当させようとはしなかった。  定期テストは二年目から他の学生とは分けられ、対テロ課程の特別なものが用意された。  バイオロイド主席のファランヴェール、そして今やエンゲージと一二を争うほどの能力を見せているヘイゼル、その二体のバイオロイドを擁するフユが圧倒的に有利とみられていたが、二体同時の作業課題のところでヘイゼルがファランヴェールとの連携をうまくこなせず、フユは点数を伸ばせなかった。  結局、ラウレとコフィンをうまく使いこなしたカルディナが総合一位、フユが二位、学科試験で後れを取ってしまったクールーンが三位という結果で終わった。 「出動が多すぎる」  結果発表の後、食堂で昼食を取っていた最中、普段は、フユやカルディナの上げ足を取るような発言しかしないクールーンが、珍しく自分から言葉を発した。 「勉強する時間は十分にあっただろ。お前の要領が悪いだけだ」  カルディナが無慈悲に言い放った。 「成績の話をしてるんじゃない。君らのバイオロイドが使い物にならないから、エンゲージがいつも駆り出される」  クールーンがそう言い返し、「ふん」と鼻を鳴らして、そっぽを向く。 「なんだと、こら」  胸ぐらをつかむ――などということはしなかったが、カルディナはザッと椅子あから立ち上がると、隣に座っているクールーンを睨みつけた。 「行儀が悪いよ、カルディナ。席に座って」  フユがパスタをまいていたフォークを皿において、ふっと息を吐く。カルディナは聞こえるように「けっ」と吐き捨てると、また椅子に座った。 「シティの救助隊の損害が、所属不明のバイオロイドによるものだって噂だし、エンゲージの能力を考えると、応援要請が増えるのも仕方ないよ。バイオロイド探知能力を持ってるなんて、数いるバイオロイドの中でも、エンゲージくらいじゃないのかな」  出動したとしても、フユたちは本格的な活動には加わらず、もっぱらサポートを行うだけなのだが、エンゲージは周囲にバイオロイドがいないかどうか探知できる。  どこでどう広まったのか、それとも元々関係者の中では有名だった話なのか、エンゲージのその能力は随分と知れ渡っているようだった。  フユたちは、訓練の負担にならないよう二組ずつ当番にあたるローテーションを組んでいたが、この一か月だけでも、バイオロイドが絡んでいるように思われる事件については、名指しでエンゲージへの支援要請が来ることも少なくなかった。 「エンゲージが特殊なんであって、俺のバイオロイドが使い物にならないんじゃねーよ。むかつくやつだな」  カルディナは納得がいかない様子で、クールーンに背を向ける。 「どのみち、シティの救助隊のバイオロイドにも随分な被害が出たって言うし、元に戻るには時間がかかるね」  フユの言葉に、クールーンが大きなため息をついた。 「ご自慢のエンゲージだ、せいぜい役に立てよ」  と、カルディナ。 「足を引っ張らないでくれよ」  とクールーン。 「どういう意味だよ、おい」 「言葉通り」 「ほら、やめて。僕はもう行くよ」  やりあう二人をよそに、フユが席から立ち上がる。それをカルディナが不思議そうな顔で見上げた。 「ん? どこに行くんだ、フユ。今日はもう授業もないし、当番はこいつだし。たまには俺に付き合えよ」 「ちょっと、ウォーレス部長のところにね」 「ヘイゼルがまた何かしたんだ」  クールーンが口をはさむ。 「違う違う。最近、部長からバイオロイドのことを少し教わってるんだ」  フユは苦笑いしながら、そう答えた。
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