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 懲罰が明けた後、ヘイゼルはまさに『人』が変わったようになっていた。いや、確かに容姿もそうなのだが、訓練態度、試験でのパフォーマンス、そして実地訓練での行動、その全てが、まるで以前とは『別物』だったのだ。  三学期の試験は二度あった。カルディナは、フユがその中の実技試験をファランヴェールと組んで受けるものだと思っていた。しかしフユはすべての実技試験をヘイゼルと組み、そしてエンゲージとエリミア・セル・レイリス――驚くべきことに、身体能力でかなり劣ると見られていたレイリスは、『並外れた持久力』というセル・タイプには無い特殊能力を持っていた――を巧みに使い分けたクールーンをも上回る成績で実技試験を終えた。  その結果は、同学年の生徒たちを驚愕させた。いやそれ以上に、カルディナとクールーンが受けた衝撃は、誰が見てもそうだと分かるほどであった。カルディナは実質的にコフィン一体だけでの受験だったが、フユがファランヴェールを使わないなら勝てると考えていたのだ。  学科成績では相変わらずカルディナが一位であったが、フユとは本当にわずかな差しかない。結果、三学期の総合成績はフユが断トツの一位、カルディナとクールーンが僅差で二位三位という結果で終わった。  いや、それはいいのだ。それ以上に、カルディナにとってショックなことがあった。  冬期休暇が明けて以降、カルディナたちは何度も災害現場に模擬出動している。初めは初動訓練と活動見学だけであったが、ここのところ徐々に救助活動支援行動もし始めている。  リーダー的な存在であるファランヴェール、その補佐役として様々な能力を発揮するエンゲージに加え、まさに『覚醒した』ヘイゼルが行動の先頭に立っている。  コフィンは、確かに被災者や遭難者の捜索には優れた性能を見せるが、身体能力的にはどうしても見劣りしてしまうのだ。  結果、『対テロ災害専門課程』の三人が活動する上で、今最も『足手まとい』になっているのがカルディナであった。 ――現場では役に立たない、知識ばかりの頭でっかち。  まさにそうなってしまっている自分に、カルディナはこれまでにないないほどに焦りを感じている。コフィンのせいではない。もう一体を決められないでいる自分のせいなのだ。  エンゲージとヘイゼルの模擬戦は、決着がつかずに終了したようだ。新一年生はまだ入学前で来てはいないが、カルディナ以外にも、新二年生の何人かが見学に来ている。彼らは皆一様に感嘆のため息をついていた。  カルディナには一刻も早く、身体能力に優れたバイオロイドを選ぶ必要がある。それにはクエル・タイプから探すのが一番なのだが、しかしカルディナはどれにするべきかをいまだに決められないでいた。  優秀なバイオロイドがいないかと言えばそうでは無い。新しく入ってきた赤髪のバイオロイドの中には、能力的に十分なものが何体かいる。それでも決められないでいるのは一重に、『あれでエンゲージやヘイゼルに勝てるのか』という思いのせいだ。  いや、『勝つ』必要などないはずである。彼らは仲間なのだ。活動をそれなりにこなせば、十分な成績を残せるだろう―― 「で、君のお眼鏡にかなうようなバイオロイドはいたのかね。その銀縁の眼鏡に」  そこまで言って、一体何がおかしいのか、ラウレは押し殺したような気味の悪い笑い声を漏らし始めた。  それにはさすがに、カルディナが眉を顰める。 「お前は訓練をしなくていいのか」  ラウレには先ほどから一向に訓練に加わる様子がない。しかし指導教官は見て見ぬふりをしているようだ。 「はっ、あのような訓練など、無意味だよ。無意味なことはしない主義でねぇ。教官殿もその点は分かってくれているようだ」  うすら笑いを浮かべたまま、ラウレがそう答えた。自分のサボりが見逃されているのを知っているのだろう。しかしそれは「訓練がラウレに不必要」だからではなく、「何を言っても無駄」だからに違いない。 「現場では、戦闘になる場合もある。その為の訓練だ」 「現場で、同じ学校のバイオロイド同士が戦う。そんな事態があるというのかい? お笑いだねぇ」 「『想定』だ。暴漢やテロ実行犯を想定しての」  まだカルディナの言葉は途中だったが、ラウレがそれを鼻で笑ったのを見て、カルディナは苦々しい表情で言葉を止めた。 「訓練は所詮訓練だよ。実戦じゃあ、ない。実戦で無ければ、訓練にはならないんだよ、ロータス君」  ラウレは、ふふんというあざけ笑いが今にも漏れてきそうな顔をしている。 「ほお。今すぐにでも現場に放り込まれて、お前は効果的に動けるのか。訓練もしていないのに」 「現場の動きは現場でしか訓練できない、と言っているのさ。分かるかい」  ラウレの言葉の、その一音一音がねっとりとカルディナに絡みついた。 「お前じゃ現場は無理だ」 「そりゃそうさ。現場に出ないんだからね。訓練のしようがない。だから無意味だと言っているのさ。あっはっは」  ラウレは、本当におかしそうに、高い声で笑った。周りにいた生徒、そして訓練中のバイオロイド達までが、何事かと視線を送ってくる。カルディナは思わず頭を押さえた。  話がかみ合っているようでかみ合っていない。そもそも、バイオロイドにあるまじき思考回路である。まさにイカれている。これが不良品で無くてなんだというのだろう。 ――もういい、あっちへ行け。  そう言おうとしてふと、カルディナはあることを思いついた。そして、思いついた自分を笑いそうになったが、そこでまた考える。考えた後で、ラウレにこう問いかけた。 「お前は『無意味だから』と言ったな。じゃあ、意味があるなら訓練を受けるというのか」  ラウレが笑うのをやめる。そして顎に指を当て、自分より背の高いカルディナの目を赤い瞳で覗き込んだ。 「ああ、もちろんだとも。意味があるのなら、だけどねぇ」 「ならこれはどうだ。模擬戦闘でお前が勝ったら、お前の言うことを何でも一つきいてやる」  ラウレにとってもそれは意外な言葉だったのだろう。少し驚いたような表情を見せた後、カルディナの目を見つめながら、納まりがつかないでいるもみあげの赤い髪を指でくるくると巻き始めた。
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