作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。
 ファランヴェールが向かったのは、巨大な貯水タンクが立ち並ぶ浄水プラントの、まさにすぐそばだった。  ベイサイド・エリアはガランダ・シティとは全く風景が異なり、ただ無機的な工場が続いているだけで――いくつもの塔が立ち並び、それらの間を鈍い光を反射している金属の太いパイプが行き来している――どこかしら、生活感に欠けているといった様相だ。 「ここが、昔はシティの中心部だったなんて信じられないな」  周囲を見渡しながらフユがぽつりとつぶやく。  建物だけ――行き交う人間はほとんどいない。いや、その必要が無いのだ。ほとんどの工場は機械化されている。  工場のコントロールもほぼAIが行い、それを管理する人間はガランダにいるのだ。 「全てが変わってしまったのは五十年ほど前です。それまではまだ、ここ辺りもまだ人間がたくさん住んでいたのですが」  ふと前を歩くファランヴェールが答える。フユはさらに質問をしようとしたが、ファランヴェールのそれを暗に制止するような雰囲気に、言葉を飲み込んだ。 「まるで見てきたみたいな言い方だね」  嫌味の棘をふんだんに盛り込んだ言葉をヘイゼルが発する。  五十年も前のことならば、ファランヴェールもまだ生まれてはいないだろうに、よくもまあ知った風な口を――ヘイゼルはそう言いたかったのだろう。  しかしファランヴェールはその言葉にも反応しなかった。  もちろんというべきだろうか、浄水プラントの周りは侵入者を防ぐために太いワイヤーを網目状にした柵で覆われている。『高圧注意』の標識がところどころに設置されていて、そのワイヤーに電流が流れていることを教えてくれていた。  柵はかなり高く、バイオロイドならまだしも、たとえ運動補助機能の付いたプロテクターをしているにしても、フユには越えられそうにない。 「中に入るの?」  フユが尋ねる。ファランヴェールが少しだけ顔をフユの方に向け、軽くうなずいた。 「黒こげはごめんだよ」  ヘイゼルが顔をしかめる。 「この柵を越えるわけではありません。警備システムのレーザーで撃たれます」  そう言ってファランヴェールは柵沿いに歩みを進めた。ヘイゼルは肩をすくめて見せたが、フユが歩き始めるとしぶしぶとまたフユの後をついていった。  イザヨ・クレアの話は今のところファランヴェールの口からは出てこない。フユはその話を振ることもなくただ黙って後をついていっているが、ヘイゼルのイライラはどんどんとたまってきているようだ。抑えようもない愚痴がどんどんと口からこぼれ出ていた。 「フユ、帰ろうよ」  ヘイゼルがそう言ったのは何度目のことだろうか。ファランヴェールがふとその足を止めた。そして周りを見回す。何かの位置を確認しているようだ。  随分と歩いてきたが、柵の中に見えている光景に変化はない。もちろん浄水プラントの敷地が大きいということもあるのだが、その敷地の中にある貯水タンクはどれも同じ形をしていて見分けがほとんどつかないというのが大きな要因であった。 「ファル」  何か場所を間違えたか、それとも場所が分からなくなったのか――そんな不安がフユの言葉に乗ってしまったようだ。  ファランヴェールがフユを見て軽く微笑む。 「大丈夫ですよ、マスター。ここです」  そしてそう言うと、しゃがみこむ。ファランヴェールの足元の地面には、金属製の丸い蓋のようなものがある。  排水設備の点検用の穴のはずであり、同じようなものは至る所に設置されている。 「ここ?」  穴の大きさは人が一人入れるくらいだろうか。 「はい」  ただそうとだけ答えると、ファランヴェールはその蓋を開けた。穴が出てくると思いきや、白い金属板があるだけで、まるでそれで穴を塞いでしまったようだった。  ファランヴェールがその金属板に右手を押し当てる。するとそれが割れたかと思うと、回転しながらスライドし、そして無くなった。  後にはぽっかりと穴が開いている。 「すぐに閉じてしまいます。早く」  ファランヴェールの言葉に、フユがその穴に入ろうとして、それをヘイゼルが止めた。 「ボクが先に行く」  穴には、上り下りできるように金属の手すりが梯子状についている。  ヘイゼルは穴に体を入れると、足場を確かめた後、その梯子をコンコンと音を立てながら降りていった。  フユがファランヴェールを見ると、ファランヴェールはただ軽くうなずく。フユはヘイゼルと同じように穴に体を入れると、小さく心もとない取っ手のような金属製の梯子を下り始めた。
応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません