クロスドレス・B・エイダー ~灰髪のヘイゼル~
第34話 発見
実際のところ、フユが今の場所に居続けるのは良い手ではない。発見の報告をしたということはつまり、波を発したということであり、バイオロイドの誰かにこの場所が気づかれたかもしれないのだ。
自分がどれだけ上手くバイオロイドを指揮していても、自分が見つかってしまえばそこで訓練が終了になる。発見報告をすればするほど、自分が発見される可能性が高まるというのは、ある意味面白い仕組みだと、フユは感じた。
それからしばらく、フユは動かずに辺りの気配をうかがっていたのだが、様子に変わりはない。ほっと息をつく。
と、また誰かが発見されたようだ。エリアはE4、フユのいる場所とは離れている。発見者は、カルディナ・ロータスだった。
(あのコフィンというバイオロイド。少し捉えどころのないような感じだったな……ロータス君は、バイオロイドの指揮が上手いのかな)
フユ以外の一年生は、既に何回か共同訓練をこなしているが、フユが知る限り、カルディナがコフィンと組むのは今回が初めてのはずである。そしてコフィンは、第一八班なのだから、成績はほぼ最低のバイオロイドである。
もちろん、成績だけでそのバイオロイドの性能全てを語ることはできないのだが、カルディナはコフィンの性能をうまく引き出しているようだ。
カルディナの言う通り、フユもうかうかはしていられない。例え、初めての訓練であっても、そして成績に含まれないとしても、今日の訓練、ある程度の結果は残しておきたい。
残りは九人。
と、また誰かが発見されたようだ。エリアはA4、隣のエリアである。発見者は……クールーンだ。
(なぜ、そこに)
時間的に考えると、エンゲージはB2からA4へ直行している。捜索しながらのスピードではない。
まるでエンゲージは自分に向かって真っすぐ進んでいるようだ……フユは少し恐怖を覚えた。
追手に追いつめられる獲物……本来、行方不明者の捜索のための訓練であるはずなのに、そう感じてしまった自分に、フユは少し苦笑する。
やはり初めての訓練だから緊張しているのだろう。何かコツというものがあるのかもしれないが、フユには分からない。全てが手探りだ。
(落ち着いて)
フユは自分にもう一度言い聞かせた。そして大きく深呼吸をする。息を吐き終わるのと、近くで草を分ける大きな音が聞こえるのが、ほぼ同時だった。
(ばれた)
フユがいるのは、岩と木々に囲まれ、少し斜面の中へくぼんだ場所である。そうそう視認できるものではない。さっき少し顔を出した時に見られたのか、それともやはり、発信を気づかれたのか。
どのみちこうなっては、フユは動くことができない。できるだけに斜面に身を寄せ、マントにくるまり、息を殺す。しかし誰かが歩く音は更に近づいてきて、そしてすぐそばで止まった。
岩陰から、誰かが顔を出す。
逆光の中、黒いドレスを着た人物の長い髪が揺れた。
「なっ、ヘイゼル。なぜここに」
フユの驚きに、ヘイゼルが少しバツの悪そうな表情を見せる。
指示したルートを進んでいたならば、こんな時間にここに着くはずがない。ヘイゼルは明らかにショートカットしてきたのだ。
「何を考えてるんだよ。A2を回ってここにって指示しただろう」
「そ、そうだけど、でも」
「でも、何」
「フユが、心配で」
フユは思わず頭を抱えた。ヘイゼルは胸の辺りを左手で押さえ、うつむき加減で視線を右斜め下に向けている。
それにしても、ヘイゼルはどうやってこの窪地が分かったのだろう……フユは首をひねった。
ヘイゼルには自分がA5エリアにいるということは伝えてあったが、一つのエリアだけでも一キロメートル四方の広さがあるのだ。フユが発見報告をした時は、もっと離れたエリアにいたはずである。
「どうやって僕を見つけたんだ」
声がどうしても怖いものになってしまう。ヘイゼルにはそれが伝わってしまっているようで、怒られている子供のように微かに震えていた。
「ど、どうやってって、フユがどこにいるかなんて、すぐ、分かるし」
「だから、どうやって!」
ヘイゼルの両肩を握り、フユが問い詰める。ヘイゼルは、意味をなさないような音を小刻みに口から出すだけで、怯えた瞳でフユを見つめた。
「みーつけた」
突然、声がかかる。フユもヘイゼルも、驚きの余り体をびくっと震わせてしまった。
フユが声がした方を見る。そこには、真っ赤なポニーテールを揺らしながら、不敵に笑うエンゲージが立っていた。
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