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 制止、そしてその後の再度の帰還命令にも、ヘイゼルは従う様子がない。もちろん、今は正式な活動の最中ではないだけに、どれほどフユが必死に呼びかけようが、ヘイゼルにとっては『従う必要のない命令』であった。  敷地を囲っている塀の高さは、フユの背丈ほどである。ファランヴェールはもちろん、プロテクターをつけたフユでも容易に乗り越えられるものだ。  しかし、それをしては『不法侵入』である。  その違法性と自らの目的、そしてヘイゼルを放置するリスクを考慮した結果―― 「ファル、ついてきて」  フユはそう言うと、塀に手をかける。ファランヴェールの「いけません」という声が聞こえたが、フユは止まることなく塀を飛び越えた。  ヘイゼルをそのままにしておくわけにはいかないのだ。  敷地内は草一つない土の地面と、正式な門から大きな――しかし焼け焦げている――建物に伸びる真っすぐな舗道があるだけで、随分と素っ気ないものである。 「フユ、戻りましょう」  後から塀を越えてきたファランヴェールは、ローブを翻し静かに地面に降り立つと、フユの耳元にそう囁く。 「でも、ヘイゼルを連れ戻さないと」  そう言ってフユは辺りを見回すが、ヘイゼルの姿が見えない。 『どこにいるの。戻って、すぐに』  ヘイゼルへ向けて、インカムに呼び掛ける。 『ビルの中。焼けたままだよ』  ヘイゼルがそう応じた。 『戻って、すぐに』 『もう少し探すよ』 『なら、ファルと二人でシティをデートしてくる。いいの?』 『ひどい!フユのためなのに!』  インカムから怒りとも焦りともつかない『歌』が聞こえ、その後すぐに建物から人影が飛び出してきた。 「ファル、行こう」  それを目にするや、フユは身をひるがえしたのだが、突然ファランヴェールがフユの腕を取り、抱きかかえる。 「ファル?」  フユが驚いた声を出すのと、フユの目の前に二つの影が降り立ったのは、ほぼ同時だった。  フユよりも背は小さい。一人は長い赤髪を、もう一人は短い赤髪をした少女たち。どちらも同じような、少し青みがかった白いセーラーを着ている。  二人ともくりっとした目が特徴のかわいらしい女の子だった――その顔に笑顔があれば、そう形容できただろう。  その容姿とは裏腹に、顔には一切の表情がない。柔らかさどころか冷たさすら感じない、そのギャップが、フユに不気味さと恐怖を感じさせた。  ファランヴェールが抱きしめてなければ、フユは思わずその場から逃げ出したにちがいない。  短い赤髪の女の子の耳は露わになっている。それは先端に向けて二つに枝分かれをしていた。それはバイオロイドである証。 『クエル・タイプ……クレア博士のものでしょう』  ファランヴェールの圧縮暗号がインカムから聞こえる。  なぜここに――というのは愚問でしかない。彼女らにとっては、フユたちが『侵入者』なのだ。  彼女たちは、何も言わずにただフユを見つめている。  と、フユはあることに気が付いた。 『ファル、ヘイゼルを』  止めて――  きっとそうするであろうことは簡単に予測できたのだ。しかしフユは、目の前のバイオロイドたちの異様さに思考が止まってしまっていた。 『止めて』  フユがそう言った時には、もうすでにヘイゼルが二体のバイオロイドに襲いかかっていた。
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