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 翌朝、軽い朝食を済ませた後、フユはヘイゼルとファランヴェールを連れてコンドミニアムを出た。  ヘイゼルは黒いドレス、ファランヴェールは白いローブ、それぞれがパーソナルウェアを着ている。  ヘイゼルは大人しくしていればまるで女の子のようで、一方ファランヴェールは、男性とも女性とも言えない、極めて中性的な姿である。  フユはと言えば、クエンレンの制服ではなく、動きやすいトレーニングウェアを着て、その上にはプロテクタースーツを着けている。人間の動きの補助やパワーの増幅を行うもので、バイオロイド並みとはいえないまでも、普通の人間よりは数倍の運動能力を発揮できる。  本来は、救助活動時に身に着けるものであったが、黒と白――極めてコントラストの強い二人のバイオロイドを連れていては、きっと目立って仕方がないだろうと考え、フユは目的地まで公共交通機関は使わず『足』で行くことにしたのだ。  目指すは、先日火事の有った建物。イザヨ・クレアの所有するもので、あの事件以来どうなっているかは分からなかったが、クレアに送られ地上に出た場所は、その建物のすぐ近くだった。  きっと、あの周辺のかなり広い敷地がクレアの持ち物――研究施設なのだろう。  クレアは、自分も解放戦線に狙われている風な口ぶりをしていた。実際、地上部分にあった建物は燃やされたわけだが、主要な研究施設は地下にあるはずで、さほどダメージは被っていない様子だった。  少しねっとりする空気の中、クエンレン教導学校からガランダ・シティ方面へと走る。舗装された道路は使わず、山を覆う雑木林の中を抜けていった。  防電磁用のマントコートも着ているため、蒸し暑さが増している。体に受ける風だけではその蒸し暑さはとれそうになかった。  ヘイゼルはフユのすぐ横を並走し、ファランヴェールは後ろからついてくる。ピクニック気分のヘイゼルとは違い、ファランヴェールは少し張り詰めた表情だ。 「そんなに心配しなくても」  フユは後ろを振り向き笑って見せたが、反対に「根拠のない安心を『油断』と言うのです」とたしなめられてしまう。  バイオロイドが二人もついているのだから――フユはそう言い返そうとして、その言葉を飲み込み、「分かった」と返事をした。  確かにファランヴェールの言う通りであり、自分が常に『命を狙われている』ということを自覚しなければならない。  フユは少し立ち止まり、念のために着けているヘッドセットのインカムの感度を確認する。 『状況確認』  まずはファランヴェールに。 『オールグリーン』  インカムからファランヴェールの圧縮暗号が聞こえたが、すぐ傍にいるファランヴェールの口元はピクリともしていない。まるでテレパシーのようで――いや、実際それに近いのだろう。フユにとって残念なのは、ヘッドセットがなければ、『歌』のような圧縮暗号を聴くことができないことだった。 『状況確認』  次にヘイゼルへ。 『ボクのこと好き?』  インカムから、ヘイゼルの『歌』が聞こえてくる。 「ヘイゼル、まじめにやって」 「まじめだし!」  その内容はともかく、ヘイゼル、ファランヴェールの両者とも通信は良好のようだ。学校からの情報も今のところ受信できている。  空には雲が多く、恒星ロスの姿はその後ろに隠れていた。ロスから降り注ぐ電磁波は弱いようだ。しかし、マントコートを脱ぐことはせず、フユはまた走り始めた。  ポーターでは本当に一瞬といえるほどすぐだったが、さすがに足ではその何倍もの時間がかかってしまった。  ガランダ・シティの中心部から離れた静かな場所に、その建物は黒く焦げた姿をさらしていた。  曲線を基調とした門扉は金属製の大きなもので、火事のあった日は開け放たれていたが今はしっかりと閉じられている。敷地の周囲の壁はそれほど高くはないが、それを勝手に乗り越えていくのもはばかられた。 「どうしましょうか。現場検証はもう終わっているとは思いますが」  ファランヴェールが、門扉の隙間から見える建物を見つめながら、思案している。 「どうしようも何も、入ればいいだけでしょ」  ヘイゼルが、あっさりと口にする。 「今は救助活動中じゃないんだから、勝手に入っちゃだめだよ」  フユがそうたしなめた。  と、ヘイゼルが何かに気づいたように、建物へと振り向く。 「どうしたの、ヘイゼル」 「……いる」 「何が?」 「あの女」  あの女――ヘイゼルが言うのはきっとクレア博士のことだろう。 「分かるの?」 「フユのこと、相当嫌いみたい。ボクはそれ以上にあいつが嫌いだけどね」  ヘイゼルはそう言うと、ドレスを翻し、軽やかに飛び上がると、塀の上に立った。 「ヘイゼル、ダメだ。降りて」 「ボクが、アイツを連れてきてあげるよ」 「そんな、どうやって」 「首根っこ、ひっ捕まえてさ!」  そう言い残し、ヘイゼルは塀の向こう側へと消えていった。
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