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 惑星のかなりの部分を水で覆われたネオアースは、だからこそ一年中安定した気温を維持できていると言える。ベイサイド・エリアは、その『海』の傍にあるエリアであり、その豊富な水量を生かし、ガランダ・シティへのエネルギー供給を行っている。もう一つの特徴が巨大な浄水プラントであり、海水から真水を作るだけでなく、除去したものから様々なミネラル資源も生み出している。  その巨大な浄水プラントはベイサイド・エリアの中央に位置し、様々な工業用プラントはそれを囲むように位置していた。  それは、この浄水プラントがかつてネオアースの中心ともいえる地下都市があったところに造られた名残ともいえたが、なぜ中心地がここからガランダに移されたのか、そしてかつて中心地だった場所を『天然のタンク』に改造して浄水プラントが造られたのか、それは教科書には載っていないことだった。  教科書にはただ、その事実が書いてあるのみである。 「ねえ、フユ、やっぱり帰ろう?」  エア・タクシーを使い、ベイサイド・エリアに降り立ったところで、またヘイゼルがそう提案する。エア・タクシーの中でヘイゼルはずっとそれを繰り返していたのだ。 「だから、なぜ帰らなきゃいけないの」 「嫌な感じがする」 「そればっかり。具体的には?」  何が『嫌』なのか、ヘイゼルは具体的に説明できないらしい。ただ、そう感じる、と。  フユが危険にさらされた時のような、何かしらの『声』なり『叫び』なりは聞こえてはいないようだ。 「ボクを信じてよ」 「信じてるよ。クレア博士やバイオロイド達が僕に敵意を持っていたということは分かった。でも、それはヘイゼルが『声』を聴いたからだろ?」  クレアの屋敷で、数々の『声』を聴き、その声の主へと襲い掛かった――ヘイゼルは、自分の『粗相』についてそう説明していた。  フユにしても、それを頭から否定するつもりはない。これまで、そのヘイゼルの能力によって何度も助けられてきたのだから。  きっと、クレアはフユに何かしらの危害を加えるつもりはなかっただろう。ヘイゼルがそれに過敏に反応してしまっただけのこと――理由は分からないにせよ、クレアはフユに、いや、フユの父であるアキトに対し、何かしらの感情を持っていることは疑いようもないが。  それを知っているかもしれない存在がいるとすれば、それはファランヴェールなのだが、当のファランヴェールはタクシーの中でも、そしてこのベイエリアについてからも、浮かない表情のまま、言葉を発することなくフユについてきていた。  その様子にフユは、きっとファランヴェールは何かを知っているのだろうと思うのだが、それをあえて聞くのがためらわれ、ためらったまま今に至っている。 「今は何か聴こえるの?」 「いや、それはないけど――」  ヘイゼルは、しかしなおも不満げな様子を見せている。  ガランダ・シティからはそう遠くはない。エアタクシーなら15分ほどである。しかし、大小の工場が立ち並ぶエリアだけに、一般市民には来る理由のないところであり、もちろん、フユもここに来るのは初めてのことだった。 「ねえ、ファルはここに来たことがあるんだよね」  クレアの言葉を信じるなら、きっとそのはずである――そう思ったのだが、ファランヴェールはフユの声に気づかない様子で、巨大な浄水プラントを見つめている。 「ファル?」  もう一度フユが声をかけたところで、ファランヴェールがようやく反応した。 「は、はい、どうしました、フユ」  そう言ってから、ファランヴェールはハッとなり、そしてバツの悪そうな顔を見せた。 「……マスター」
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