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※  試験が行われているフィールドの中で、その異変に最初に気が付いたのは、イザヨ・クエル・エンゲージだった。  赤毛のポニーテールとえんじ色のテールコートが、少し強くなってきた風になびいている。相変わらず空は厚い雲に覆われているが、エンゲージはまるでその空のにおいを嗅ぐかのように顔を上げた。  フィールド内に今、エンゲージを含めて十三体のバイオロイドがいる。試験に参加しているバイオロイドは、エンゲージを含めて十二体のはずである。今まさにエンゲージは一人の生徒を発見し、クールーンに報告したのだが、そのパートナーであるバイオロイドはまだ退場はしておらず、フィールド内に残っている。  エンゲージには、バイオロイド達が発する様々な電磁波を『嗅ぎ分ける』ことができる。そして事前にその個体が誰であるかが分かっていれば、その位置も把握が可能なのだ。  しかし、十三体目のバイオロイドの情報をエンゲージは持っていなかった。 「識別不明個体アンノウン?」  もちろんエンゲージは、クエンレン教導学校に所属しているバイオロイド――ファランヴェールも、すでに救助隊として配備されている「先輩」バイオロイド達も――ほぼすべての個体の情報を把握している。だから、教導学校の周辺をまるで警備するかのようにバイオロイドが何体か配置されていることまでも知っていた。 「学校のバイオロイドじゃない」  エンゲージの口から呟きが漏れる。  どうするべきか。それをクールーンに報告するべきなのか、エンゲージは一瞬迷ってしまった。  警備の隙間を縫って、外部から侵入したのだろうか。ならば、フィールド内を監視している訓練棟の中の人間たちが気づいてもいいはずである。しかし、何か不測の事態が発生したという通知はない。  ならば、特別に何かを行うためにフィールドに入ってきた『内部者』なのだろう――エンゲージはそう判断した。  識別不明個体は、さほど素早い動きを見せることなく、フォーワル・ティア・ヘイゼルの方へと向かっている。  しかしエンゲージが注視すべきはアンノウンではない。ヘイゼルの動きこそ自分のパートナーの脅威になっていた。  三セット目の開始早々から、エンゲージはいつもとは違う動きをするヘイゼルに意識を向けていた。緩やかな曲線を描くような、幾何学的なヘイゼルの動きは、およそ『でたらめな捜索』をしているようには思えない。  何かしらの意図を持った動き。その曲線の先には、己のパートナーであるクールーン・ウェイが試験開始時にいた場所がある。  エンゲージには、バイオロイド達の位置は把握できても、人間の居場所は分からない。その点に関しては、他のバイオロイドとほぼ同じ能力しか持ち合わせていない。  バイオロイドは人体が発する電磁波――脳波や心電など――を聴くことができる。しかし、電磁波が飛んでくる方向は分かるが、その距離や識別はかなり近づかないと無理である。  つまり、自分のパートナーの現在位置も正確に把握することは難しい。  にもかかわらず、である。ヘイゼルは、クールーンの方へと迷うことなく向かっているように見える。きっと、クールーンはまだ開始時の位置から動いていないはずだ。  ヘイゼルがどのようにしてクールーンの位置を知ったのか――いや、実際にはあてずっぽうに動いているだけなのかもしれないが――それをエンゲージが知ることはできないが、このままだとクールーンがヘイゼルに発見される恐れがある。  エンゲージはクールーンへと、ヘイゼルの接近とその方向を伝えることにした。エンゲージがすっと息を吸い、脳内にイメージを浮かべると、そのイメージは圧縮暗号となり、エンゲージの『第二の耳』から低周波となって周囲へと発せられる。  そこには、アンノウンの情報は乗せられていなかった。
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